Typical example of unwearable glasses / 使えないメガネの典型的な例

以前にもメガネの度数の(選択の)重要性について、何度か書いていますが、格好の教材が入りましたので、ご紹介します。
まずは、ちょっと準備運動から。

メガネレンズは基本単レンズで、凸レンズと凹レンズ(球面と円柱がある)しかありませんが、光軸を含む全ての断面が同じ形状(光軸に回転対称)の球面(Spherical)レンズの他に、度数に方向性がある(一方向にしか度が無い)、円柱(Cylindrical)レンズ(乱視を矯正する)と、両者を合体したレンズがあります。
円柱レンズの度数の無い方向を”軸”と言い、軸と平行な方向には全く度数がありません。そして、円柱レンズの度数は、軸と直角な方向だけにあります。一般に、球面、円柱にかかわらず、検眼用のテストレンズは、凸レンズは普通、金色の枠に入っていて、符号は+、凹レンズは銀色の枠に入っていて、符号は-です。度数の単位は”D”(ディオプトリー)です。

例として、右眼は乱視がなくて、上下左右方向共(つまり全方向)- 2.0Dの近視で、左眼は乱視があり、水平方向が – 2.0Dに対して、上下方向は – 3.0Dだとします。(直乱視)
それを式に表すと、以下のようになります。(そういう表記上の約束)(軸の角度は、検査者側から見て、水平右方向を0°として、反時計回りに180°まで定義します。)

R: S – 2.00 D
L: S – 2.00 D : C – 1.00 D AX.180°

どちらかと言えば、上記は不幸なケースですが、努力すれば、慣れられない度数ではありません。
厳密に言うと、左眼は見る対象の上下方向が右眼のそれよりもやや縮んで見えるわけで、それを脳で融像する際にストレスがかかり、慣れの期間を要するわけです。(中高齢者が慣れるのは非常に困難)

上記は軸が水平(垂直)なので、まだ良いのですが、斜軸になるほど、さらに慣れにくくなります。それはなぜでしょう?
上記の例は、ただ、左右の眼で縦横比が多少変わるだけのことですが、斜め軸になると、正方形が菱形になるのです。当然、水平線も斜めに見えます。左右の斜軸が同方向であれば、比較的慣れやすいのですが、発生学上、左右の軸が鏡対称的に傾いていることがほとんどで、また、片眼だけが乱視、という方も少なくありません。斜軸の乱視は、前の直乱視よりもはるかに慣れのハードルが高くなります。

今回ご紹介する失敗例は、76歳の女性の方で、それまで一度も乱視のメガネを掛けた経験の無い方でした。

某眼科さんの処方箋は以下の通りでした。

R: S+2.25 D : C+1.00 D AX 130°
L: S+2.75 D

これを試験枠に仕込んだ写真がこれです。

客観的に見て、ハードルが高い眼鏡だとは言えるものの、この処方箋を見た段階では、必ずしも否定できるものではありません。制度上も、薬の処方箋同様、薬剤師が勝手に医師の処方にさじ加減を加えることは出来ません。
このような処方でも、問題なく使用できる方が一定割合いることも事実であり、患者さんも眼科さんで最後の装用テストを経ておられるようなので、???ながらも、処方通りのメガネをお作りしました。

すると、案の定、翌日、その方は動転して再来店され、「このメガネ、ダメです。パソコンが歪みます!」と、説得する余地もない様子でしたので、当方で再チェックし、右のレンズのみ、無難な度数に(有料で)交換させていただき、最終的には満足して帰られました。

実際の上記の処方でどう見えているかですが、下の写真の通りです。デスクの縁の線が右のレンズを通すと傾斜しています。
(ただ、写真はレンズが眼から離れた状態で、傾斜が強調されています。)乱視の矯正原理から生じる不可避の現象であり、レンズの収差ではありません。
従ってレンズの高級化で緩和されることはありません。

We must be well aware that Cylindrical Lens of skew axis for the cure of astigmatism will cause the seriously bad reaction of the image inclination.

最終的にお客さんが満足された度数が、以下です。

R: S+2.75 D
L: S+2.75 D

(一般的に、球面、乱視、軸、の全てに置いて、左右の差が最小限になるようにするのが無難なのです。右眼は乱視の矯正を諦め、球面同等値のレンズで妥協していますが、それによる像のボケは軽微で、両眼視では全く気にならないそうです。)

”何のための眼科での装用テストだったか?”ということですが、この女性の方も検眼後の装用テストの意味を全く理解していませんでした。眼科だろうと、メガネ店だろうと、検眼椅子に座らせて仮決定した度数のまま処方することはあり得ず、必ず、気持ちが悪くならないかどうかを試してもらうために、何分間(あるいは数十分間)は試験枠に入れた仮メガネを試用させるものなのですが、私が経験したこうした被害者?の方に共通に言えることは、その装用チェックの意味を誤解していることでした。
どういうことかと言うと、メガネの度数を善悪でしか判断していないということです。善悪という言葉はずれているかも知れません。正確かどうか?と言った方が良いでしょう。
メガネの度数が正確で眼にぴったり合致していて、はっきり見えるかどうか、という価値判断しか持っておられないからだと思います。 眼に合っていれば、像が歪むはずはない、と思い込んでいるので、最初からその方のチェック項目に入っていないわけです。
このことを、私たち(医療従事者やメガネ屋)は特に注意しないといけません。 乱視を含むレンズは、非対称に度数が分布しているため、倍率も非対称に歪むわけで、それはレンズの歪曲収差等とは全く意味が異なり、矯正原理から生じるもので不可避なものであることを、事前にしっかりと患者(お客)さんに伝えておかないといけません。

また、患者(お客)の方は、「被検査時は批判的であれ。一旦メガネが完成したら妥協的であれ。」ということを頭に置いていただきたいと思います。失敗する方は、その姿勢が真逆なことが多いからです。「被検査時には迎合的で、いざメガネが完成すると、重箱の隅をつつきまくる。」方が多過ぎます。^^;
言葉を替えると、「被検査時には、そのレンズに違和感がないかどうか、よく見極め、その度数にいざ納得したら、出来上がったメガネに対しては覚悟を決めて、その度数に慣れる姿勢を持ってください。」ということです。