埼玉県の立川さんの自作リポートです。

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BORG 76/101ED-BINO(自作)

 「松本さんの双眼天体望遠鏡」と言えば充分聞き及んではいましたが、初めてそれを見たのは東京「あきる野市」にある スタークラウド宮野さんのショールーム(William Optics代理店)でした。雨模様のせいか2階からの景色はいまいちで したが、何よりびっくりしたのはZenithstar 80 EDの左側の鏡筒が何んとスルスルと嘘のように軽く左右に移動できること でした!
 これはただものではない、と直感しました。是非入手したいと考え、松本さんのHPで値段を調べると、とても2本の鏡筒 込みの値段とは思えないreasonableなものでした;しかし待てよ、うちには屈折が5本もある!これ以上新規に入手したら 部屋で座る場所もなくなるではないか?何とか手持ちの鏡筒を活かしたい。

 Scope Lifeの遊馬さんに相談したら、幸いにもボーグの77 EDと101 EDの「訳あり品」が1本づつ格安に入手できました。 Borgはレンズ交換式なので、これなら手持ちの鏡筒とあわせて二種類の双眼天体望遠鏡が一挙にできるかも知れない! 松本式のミラーは十数年前に買った手持ちがあります。メールで松本さんにお尋ねしたところ、問題なくそれを活かしてEMS セットとして頂けるとのこと・・・これで一応自作材料は揃ったようです。 勿論、松本さんの「クラフツマンシップ」に頼る方が無難なのですが、なぜか「作りたい」という衝動がおさえられません。

 はじめ無謀にも鏡筒スライド方式を考えましたが、素人がそんなムリをするより、EMSに目幅調節用のヘリコイドをつけてもら えば済むではないか、と考え直しました(ただし、焦点合わせを簡単にするためには本当はスライド方式の方が分があるように も思えますが・・?)。
 松本さんからはメールで懇切な指導が得られました! 鏡筒間隔は156ミリ程度が良いとのことで、早速近くのドイトに行って 材料を買い漁りました;まさに「クラフツマンシップ」ならぬ、「ドイトマンシップ」で作ったのが写真1の鏡筒台座です。 木板も3ミリのアルミアングルで補強するとかなりの強度が得られます。予め眼鏡に定規をあてがい鏡で眼幅の見当をつけて いたので、あとはEMSに内臓されているXY調節機能の助けを借りて意外に容易に「双眼視」が実現(!)しました。片目で見る のとは全く違う!

 一応、製作に先立つコンセプトとしては;
[1] レンズ交換式(77EDと101ED)にする場合、両者のレンズハウスの重量差を考慮すると運搬用の取っ手は前後にスライドお よび固定できることが好ましい(ドイトでは充分に長い金属取っ手は売っていないので)。
[2] その取っ手は観望中には不要だから、着脱式としてファインダーと交換できると面白い。
[3] ファインダーは「対空用」としては90度の正立ミラー(松本さんの31.7mm用の小型ミラーも所有していましたので)を使 用し、一方「地上用」としては普通の45度正立プリズムを付けたものをそれぞれ製作する。
[4] 見る対象によっては微動の利くTA経緯台の方が良い場合もあり得るので、HF経緯台との間で簡単に兼用可能とする。

 製作の手順としては;
A]アルミアングル材で補強した木板をHF汎用プレートに取り付け、その下から自作の木製アリガタでプレートをサンドイッチ 式にはさんで頑丈に固定。これで写真1のようなHF/TA兼用の鏡筒台ができました。なお、中央の長いアルミ材は「運搬用の 取っ手」または「ファインダー」をスライドさせるためのレールです。
B]このレールには写真2のAの「取っ手」およびBの「対空直角ファインダー(松本氏の小型ミラー装着)」のいずれかを 取り付けられます。なお、Cは45度プリズム付きの地上用ファインダーです(いずれも鏡筒部分は自作)。
C]あとは鏡筒バンドを取り付けて鏡筒をしっかり固定し、76EDまたは101EDのレンズハウスをねじ込むだけです。(とは言 え、光軸を物差しレベルで±0.1mm程度の精度で調整する必要があるのは勿論です。一旦調節すれば、あとは鏡筒バンドをゆ るめない限り、対物レンズを交換しても全く問題ありません)
D]一先ず完成です。写真3は76EDを付けたところ(運搬用取っ手が付いたままです)で、写真4は101EDに対空ファインダー をつけたところ、また写真5はHF経緯台からTA経緯台に移して地上用のファインダーを装着したところです。

 結構多目的に使えそうですが、まだ実は木星と月しか見ていません。アイピースは松本さんにお願いしてEWV 32mmを購入しま した。 反省点としては、台座が何分にも木製であるため、10cmクラスなら何ら問題ないのですが、15cmクラスではこの方法では強度 的に不安と思われます。また夜露に頻繁に晒される使用法の場合には耐久性も問題かと思われます。

 外観のスマートさから言っても松本製には遠く及びません。しかし何といっても「自作」は楽しいものです。家から車で5分 のところにドイトがあったので、助かりました。一日に何度もドイトに通ったのが楽しい思い出です。これからも「ドイトマ ン」として頑張ってみたいと思っています。
 何よりも矢張り、自分の考えで設計(?)し作ったものは大袈裟に言えば我が子のように可愛いものです。それにしても松本 さんのEMSと数々のアドバイスがなければ到底できなかったことです。同氏に深く感謝申し上げます。 これからもいろいろとご指導お願い致します。

立川 四郎
Shiro Tachikawa
HP:ベランダで星空散歩


管理者のコメント;
 立川さん、BINOの完成、おめでとうございます。
  立川さんとは、BINOのご計画段階で何度もメールを交換させていただいたのですが、EMSをお送りした後は、スムーズに組み立てを 完了され、初期調整方法についても特にご質問はなかったように記憶します。もともと単体EMSのユーザーでいらっしゃったのも、ご理解が 早かった理由かも分かりませんね。

 入手できるパーツと工作手段をうまく活用して製作されたと思います。自分の工作手段と入手可能な材料に従って設計を決める、という 点では、私が物作りをする時の方針と何ら変わりません。 鏡筒をBORGにされたのは、口径76mmと101mmの互換のメリットの他に、この鏡筒の徹底したmodule化による汎用性の高さ、応用性の 豊富さから、自作向きの鏡筒だったという点で正解だったと思います。ヘリコイドは眼視用のメインのfocuserとしては必ずしも操作性は 良くありませんが、これも他のlow-profileのcrayford式等と交換することも可能ですね。

  材料を、金属に限定されずに、利用できる工作手段を考慮されて、木材とアルミ材を組み合わされたのも正しいご選択だったと思います。  自作は、立川さんも書いておられるように、単に予算の節約ではなく、それによってしか得られないものが多くあると 思います。

  自分で作る事の喜びや、作った物への愛着があるのはもちろんですが、私は、『作ることで理解が深まる』という点が自作の最大の 意義だと思います。たとえば、望遠鏡業界には売るだけの立場の方も多いですが、そういう方には、どうしても到達できない 理解の壁のような物があると思います。 
 私は、売るだけの立場と、作る立場の両方を体験して来られた方を知っていますが、その方が、 昔を振り返られ、「あの頃は何も分かっていなかった。下請さんにも随分と無理を言っていた。赤面の至りだ。」というような 意味の事を述懐しておられたのが印象に残っています。私自身も、今でも物を作りながら、ほぼ毎日が新たな発見や反省の連続です。

 鏡筒の選択、材料の選択と、適切な判断をされましたが、眼幅調整の方式をヘリコイド式にされたことも、設計を簡素にする意味で 正解だったと思います。 私が今までに海外に供給した双眼用のEMSセットのほとんどはヘリコイド眼幅調整方式なのも同じ理由です。  ただ、リニアベアリング等の入手先をご存知であれば、自作でも平行移動方式はさほど難しいことはありませんが。

  完成した写真を見せていただきますと、ファインダーも絶妙な位置に配置され、全体も格好良く仕上がっています。確かに機能は 外観に表れると言った感じですね。木材と薄手のアルミアングルを組み合わせる方法は、強度と軽量を両立させる意味では優れた 方法かも分かりません。 そう言えば、”零戦”もアルミ合金材と木材が巧みに組み合わせてあったと聞いたことがあります。 これが、立川さんの初作のEMS-BINOですから、今後のさらなる進化を期待しております。また、観測リポートの方もお待ちしています。
 立川さん、詳細な自作リポートをありがとうございました。



近視と遠視と老眼

 

市井には表題の3語が氾濫し、誰もが当たり前のように使っていますが、実際には、どれも正確には理解されていないようです。
上記から“乱視”を除外したのは、乱視については、言葉が氾濫している割には、「乱視ってどういう状態なのかよく分からない。」と、比較的謙虚にそれを認めている方が多いからです。 問題は、乱視が分からないのに、近視も遠視も老眼も理解できていると思い込んでいるところです。 それよりさらに問題なのは、web等で、思い込みによるいい加減な情報が氾濫していることです。文明の世紀になってから久しく、人が月に行き、何度でも地球上の生命を終焉に導いてしまうような破壊手段まで持ってしまった私たちですが、どういうわけか、自分たちの一番大切な臓器である“眼”について、それも光学的な側面だけに限ってでさえ、正確に理解しようとしません。それは、眼が情報の入り口にあって、直接には絶対に自分で見ることができない臓器であるためか、頑迷な誤解を修正することを頑なに拒むようです。これは、単に眼の話ではなく、人間が陥りやすい思考パターンを強く示唆するものだと思います。

さて、今回は表題の3つに絞ってお話しようと思います。
上の3つは、本当は対等に並べてはいけないのですが、一般の認識に合わせて、敢えて並べたものです。結論から申しますと、3番目の老眼(老視)だけは全く次元が異なるものです。 完璧な例えではありませんが、たとえば、175cm, 150cm, 65kgと、前の二つが身長の数値で、3番目に体重の数値が並んでいるようなものです。ただ、このような例だと、間違う方はいないのですが、表題の3つの区別となると、混同されるようです。眼の議論が、一般の方にとってややこしく感じられるのは、矯正のために使用するメガネの度数で装用者の眼の状態を分類しようとされるからだと思います。

たとえば、ここに3つメガネがあり、Aさんのメガネは(左右とも:以下省略)-4.0D(Dは度数単位で絶対値が大きいほど強く、マイナスは凹レンズ、プラスは凸レンズを表す)、Bさんのメガネは-2.0D、Cさんのメガネは+2.0Dだったとします。 さて、みなさんは、これからAさん、Bさん、Cさんの眼の状態をどう判断されるのでしょう。

Aさんは、まずは近視であることは間違いありません。これはみなさんも同じ判断をされたことと思います。次に、Aさんには(この度数で遠方にピントが合っているとします)このメガネを掛けたまま、読書距離を見ていただきましょう。もし、このメガネを掛けたまま問題なく読書を続けられるようでしたら、Aさんは近視ですが、老視は発生していないと言えるのです。 もし、この時、メガネを外さないと書面がぼけるとか、-3.0くらいに度数を落とした方が楽だと言われたら、Aさんは、近視かつ、立派な“老眼”です。

また、逆にAさんが-4.0Dのメガネで近業が楽々出来ると自慢したら、今度はそのメガネで遠方がちゃんと見えているかをチェックする必要があります。もし、遠方がぼけているようなら、これもAさんは立派な老眼だということです。つまり、Aさんは、たとえば本当は-6.0D等の強い近視であって、+2.0の老眼(対応)成分を加算した-4.0Dのメガネを常用しているに過ぎません。これは、正視の方が+2.0のメガネを常時装用しているのと全く同じ状態です。

さて、Bさんはどうでしょう。Bさんの例も、Aさんと全く同様に説明できますが、上記例より、AさんとBさんの近視がどちらが強いかは、距離を特定して比べないと判断できないということです。また、Aさん、Bさんの二人ともが高齢になって、調節力(水晶体の凸レンズとしての度数を増す力)がほぼゼロになった時(皆が必ずこうなる)に、Aさんはほぼ一生を通じて凸レンズを近業に使用することはないと考えられますが、Bさんの場合は、近業時のみに+1.0D程度の凸レンズを装用するようになる可能性があります。このことから、場合によって凸レンズのメガネを使用していても、近視眼である可能性もあるわけです。

さてCさんはどんな眼でしょうか。もしCさんが+2.0のメガネで、どの距離もちゃんと見えるようであれば、遠視であり、老視は発生していないと言えます。また、そのメガネでは、近くがちゃんと見えるが遠方がぼけるのであれば、それは近く用に作られた老眼鏡であり、Cさんは正視か軽い近視か、軽い遠視かのどれかは、それだけでは特定できません。

また、ここまでのご説明で、老視が、近視や遠視とは全く次元が異なるものであることがご理解いただけたと思います。近視も遠視も、眼の屈折状態が正視に対してどれだけ逸脱しているかということであるのに対し、老視は屈折状態自体とは直接的には関係なく、眼の屈折状態の変化域(調節域)が不足して来た状態を言うのです。

望遠鏡に例えると、近視も遠視も、鏡筒の長さについて議論するのですが、老視は繰り出し装置のストロークが元の状態より短くなった状態を言うのです。
望遠鏡と実際の眼とは使い方が異なりますので、敢えて“眼”的な望遠鏡のモデルを想定しますと、繰り出し装置を一番縮めた状態でちょうど無限遠にピントが合うのが正視の望遠鏡(眼)、それでも無限遠にピントが合わない、つまりバックフォーカスが足りない状態が近視の望遠鏡(眼)、そして、繰り出し装置を少し引き出して無限遠にピントが合うのが遠視の望遠鏡(眼)のわけです。ここで、繰り出し装置を引き出す動作は眼では自律的に行われますので、当人は全く自覚がなく、弱度の遠視では、ある程度老視の徴候が出るまでは自分を正視として確信している場合が通例です。しかし、繰り出し装置を一番引っ込めて無限遠にピントを結ぶ正視と、繰り出し装置を少し引き出して無限遠ピントを結ぶ遠視とは全く異なるのです。

さて、老眼(老視)とは、繰り出し装置の可動域が狭まる現象なので、鏡筒の長さの問題とは全く別の話であることがご理解いただけたと思います。そして、万人がほぼ避けられないゴールとして、この繰り出し装置は一番引っ込んだ状態で、全く動かなくなります。

さて、繰り出し装置が一番引っ込んで全く動かなくなった望遠鏡は、近視(鏡筒が長すぎる)が便利か、遠視(鏡筒が短過ぎる)が便利でしょうか。 実際の望遠鏡であれば、延長筒を準備したり、外付けのfocuserを準備できるので、遠視鏡筒が一番便利なのは勿論ですが、ここでは、眼のモデルとしての望遠鏡なので、眼として考えてください。

現実には、眼の場合には、近視の方が圧倒的に便利なのです。もちろん、数十センチから1m以内に合焦するのが便利なわけですから、近視としては弱度から中等度の近視です。逆に25cm以内の至近距離が完璧に見える状態だと、遠方のぼけが著しくなってこれまた不便になるでしょう。

しかし、現代の私たちの生活環境では野山で獲物を追っかけることはないわけで、自分が食卓で食べる物をはっきり見ることが出来たり、書物が読めたり、携帯電話が操作できたり、PCのモニターが見えたり、お化粧が出来たり(女性にとっては重大事ですよね^^;)する方がよほど大切な事なのです。

完璧な遠方視力が欲しいのであれば、軽度の近視であればわずかな絶対値の矯正度数で矯正できますし、遠近両用のレンズも上部、下部とも凸、凸の遠視系の遠近両用よりも収差的に有利で慣れやすい物になります。

以上の理解が曖昧なままで、レーシック手術や白内障治療のための眼内レンズの施術を受けられると、往々にして判断を誤り、余生を通して苦しい視生活を強いられることになります。

老視というのは、近視や遠視のように眼の屈折状態の本来的な個性ではなく、近視、遠視、乱視に全く無関係で生じる、眼の調節力の低下現象ですから、その方がいかなる屈折状態であっても決して免れることのない現象だと言えます。

老視の徴候が出始めるのは、平均で45歳、早い方は40歳前後ですから、昨今の長寿社会を考慮すると、成人になってからの人生の大半を老視と付き合うことになるのであって、むしろ“老視”という命名も再考の必要が出ていると思います。つまり、大人の大半は老眼であって、私たちは人生の大半を老眼で過ごすということです。

それと、調節力は言い換えると、調節域のことですが、“力”が付くからと言って、筋力のような概念とは全く異なる性質のものだということが理解されていません。筋力のようなものであれば、訓練次第で人生の最後まで実用範囲内までキープできる可能性も否定できません。
しかし、残念ながら、水晶体は筋肉のような組織ではなく、チン氏帯を介して、弛緩した毛様体の括約筋で常に引っ張られて無調節の薄い状態を保っていて、括約筋が縮むとチン氏帯の張力から解放された水晶体が自らの弾力性で厚く膨らむ現象なのです。
従いまして、いくら毛様筋を鍛えたとしましても、水晶体の組織が免れない加齢によって硬化してしまえば、毛様筋の努力も徒労に終わるわけです。(ただ、調節努力は、同時に縮瞳と水晶体を前に少し動かす、偽調節という生理的な作用も伴うので、その傾向が強くて多少救われる方は希にはあります。)

さて、前置きが長くなりましたが、自発的な動機によるレーシック手術、もしくは白内障手術等で、術後の眼の屈折状態を選べる場合に、どんな屈折状態を選ぶべきなのでしょう。
答は、軽度の近視が正解です。具体的には-2.0D前後ということだと思います。 白内障の手術で眼内レンズを挿入する際、一般的には弱度近視を目指すわけですが、術後の眼を多く見せていただく仕事をしていて、首をかしげるような術例も多く見て来ました。ほぼ正視に矯正されている術後の方に、医者から事前に明視距離に関する説明があったかどうかを尋ねると、「全く説明が無かった」と言われます。

平均的には、術後に-1.50D程度の近視になっている例が多いようですが、私個人的には、むしろもう少し近視寄りの、-2.0D付近を目指しても良いと思います。-1.0Dを目指して、誤差のためにゼロD(正視)になったら悲惨だからです。私の義兄は某大学医学部眼科の教授で、-2.0D前後の近視ですが、私に自分のメガネを作らせる時には、口癖のように、「-4.0Dくらいの眼になりたい。」と申します。

蛇足ですが、レーシック手術等は眼の屈折状態に手を加える手術であって、このような手術では、決して調節力を補うことは出来ない、ということを付け加えておきます。
「老眼治療」などという宣伝文句は全くの素人騙しであって、それは片方の眼(利き眼でない方の眼)を近視にする手術であり、両眼視を無視したとんでもないものです。片方の眼で遠方を見せ、もう片方の眼で近くを見せて患者を煙に巻くトリックですが、当人が納得すれば良いという考え方なのでしょう。

老眼が鬱陶しいのであれば、両眼とも近視にすればよろしい。弱度の近視であれば、遠方も近くもほどほどに見えるし、両方ちゃんと見たいのであれば、ほどほどの遠近両用メガネを掛ければ良い。 また、手術を受けるまでもなく、適度の遠近両用メガネで対処できる眼が大多数であることも知っていただきたいものです。

眼の話(過去の日記から)

メガネの度数
メガネの度数(2)
斜位テスト
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近視眼と老眼
近視眼と老眼(その2)
マリオット氏盲点
Red- Green Test