Memory of my Dad (4) (父の想い出(4))

Here is one of the common American friends of my Dad and Uncle. This photo is provied by my cousin, but I have also his shot with my Dad, which I have not yet scanned. The shutter of the camera must have pushed by my father. The right photo seems to be his wife and children. Those two photo was found separately by my cousin and I found they are his families because of the names written on the rear side of the photo.

終戦後に進駐軍が鳥取に入った初日、ほとんどの商店が固く店を閉ざしていた中で、父の店(時計メガネ店)と叔父の店(電器店)(隣同士)だけは開店して待ち構えていました。 父と叔父は、叔父が作った短波受信機で客観的な戦況を常に(隠れて^^;)傍受していたので、終戦をより冷静に受け止めることが 出来ました。

左の写真は父と叔父の共通の米兵の友人で、これは叔父と写っていますが、父と写った写真が当家にも ありました。 (後日探してスキャンする予定です。) 奥さんと子供さんの写真は叔父が持っていたものです。 大切な家族の写真を託すほどの信頼関係を進駐軍の兵士との間に、短期間に構築していた父と叔父に新鮮な驚きを覚えます。 撮影場所は鳥取市内の 久松公園です。 友人の家族の写真は、もちろん米国内で撮ったものでしょう。(友人の写真と家族の写真は全く別の (従弟から借りた)アルバムで見つけましたが、家族写真の裏書から関係を突き止めました。)

私が子供の頃に父から聞かされた この時期のエピソードは山ほどありますが、長くなるので、今日は書くのをやめておきます。

Memory of my Dad (3) (父の想い出(3))

The upper photo: The left is my father and the right, my uncle. The lower photo is a trick one made by them. Their faces are superimposed on each guy..

葬儀の後、従弟が貸してくれた叔父の古いアルバムにも、叔父と父が一緒の写真が多く見付かりました。 下の写真は、若かった2人(写真に凝っていた。)がふざけて作った合成写真。 左右のそれぞれの男性の 顔がそれぞれ父と叔父になっています。^^;

こうして、無二の親友同士に見える父と叔父。 ただ私の記憶によると、必ずしもずっと仲良しではありませんでした。 父は、叔父を終生許していなかったことがありました。 「息を殺して時計の修理をしていたら、”叔父”が札束を持って入って来て、「何をチマチマやっとるだいな。 これを見んさい。」と言って分厚い札束を父の前で叩いて見せたそうです。

きっと、その時のタイミングが父の気に障ったのだと思いますが、おおらかに、「お前、よくやったなあ。」と相手を褒められなかった父。 また、子供じみた自慢を不用意にしてしまった叔父。 ともかく、父はそのことをずっと根に持っていました。^^;

それでも叔父が死んだ時、父は棺に納まってしまった叔父の顔を撫でて、「かわいやなあ、こんなになってしまって・・」 と泣いていました。 しかし、父はその時、すでに認知が出ていて、骨まで拾った叔父(義兄)の死を数日後には忘れてしまい、その後、定期的に何度「叔父さんは死んだよ。」と言っても、「ええっ、死んだのか?」とその度に驚き、最後まで認めませんでした。

ともかく、叔父のアルバムにも、父の写真がずっと一番大切な地位を占めていたことに新鮮な感慨を覚えました。  今頃、父と叔父は真の意味で和解しているのかな??

Memory of my Dad (2) (父の想い出(2))

This photo is taken, before I was born, in 1946, April 22nd. The right guy is my Dad and the left is my uncle of mother’s side.

父と叔父(母の兄)は必ずしもずっと仲良しだったわけではないと思いますが、若い頃の写真の多くが叔父とのツーショットでした。 葬儀社の方に、葬儀で流すビデオに使用する写真を出すように指示された時、この写真を筆頭に選びました。
父が死に、ここに自分の出発点があったことを改めて知りました。

Memory of my Dad (1) (父の想い出(1))

Let me extend my sincerest appreciation for your generous and warm condolences for my father. .

Now, let me show you one of his memories..

The right guy is my Dad with me, four years old, behind him. The left guy is my uncle, older brother of my Mom. My uncle had Remington’s 5-shooter and my Dad had a standard horizontal 2-shooter.

When my Dad was riding on a bike, Uncle was riding on a moter bike. When my Dad got a moter bike, Uncle was riding on a car. Yes, Uncle was a rival of my Dad all through his life. My Dad lived 4 years longer than Uncle. I wonder what they are talking about in the heaven.

その節には、大変多くの方々に父の葬儀にご会葬くださり、また温かいお悔みをいただき、本当にありがとうございました。 断片的ながら、少しずつ父の思い出を語らせていただきたいと思います。

右が父でその後ろに当時4歳の私。 左は母方の叔父。 叔父と父は竹馬の友。 母は叔父の妹。

父の銃は国産の水平二連、叔父のはレミントンの5連発。 父が自転車に乗っていた頃、叔父はオートバイに乗っていて、父がやっとスクーターに乗っていた 頃には、叔父は四輪車に乗っていました。 叔父は山の手に別宅も建てたけど、父は叔父よりも 4年ほど長生きしました。 終生ライバル同士でもあった父と叔父、あの世がもしあれば、今頃どんなことを話しているのかな??

(当時の狩猟は単なる道楽ではなく、貧しい時代にあって、冬季の蛋白源を確保するための重要な生活の一部でした。 弾も自家製で、火薬や散弾を薬莢に詰めて作っていました。 鴨打ちには私も時々お供をしました。)

LX80 Mount arrived / LX80架台が入荷しました

The funeral of my father had prevented me from opening the package for several days.I could open and set up the mount today.

梱包のまま数日が経過してしまったLX80架台を今日、やっと開梱し、組み立ててみました。まだ、動かしていませんが、Webの情報では分からなかったクラッチ機構は嬉しい発見でした。 つまり、電源を入れなければ、フリー架台としても普通に使えるということです。 少なくとも地上風景はフリーモードで楽しめます。

Father passed away (父が逝きました。)

Father had passed away in the early morning of yesterday.
I remember the poem that I knew from my dying sister 12 years ago.

When we have done all the work we were sent to earth to do,
we are allowed to shed our body-which imprisons our soul like a cocoon encloses the future butterfly-
and when the time is right we can let go of it and we will be free of pain, free of fears and worries-free as a very beautiful butterfly, returning home to God which is a place where we are never alone-where we continue to grow and to sing and dance, where we are with those who loved (who shed their cocoons earlier) and where we are surrounded with more Love than you can ever imagine!

役目を終えたから天に召されるんだね。
さなぎが殻を脱いで蝶になるように肉体の殻を抜けて、
苦痛のない世界に行くことを許されたんだね。
怖れも心配もなく、綺麗な蝶のように自由に空を翔ぶんだね。
もう決して独りぼっちにはならず、魂は成長し続ける、
先に殻を脱いだ人たちがいる世界で、
想像できないほどの愛につつまれるんだ。