近視眼と老眼(その2)

 

昨日の補足をさせていただきます。
網膜(の1点)から出た光束が(無調節時に)結像する点を遠点といい、遠点が無限遠にあるのが正視で、眼前の有限距離にあるのが近視、頭の(眼の)後ろに遠点があるのが、遠視であるとご説明しました。  上記が各屈折異常の正しい定義ですが、やはり見え方との関連をご説明しないと納得していただけないと思うので、それぞれの屈折異常ごとの見え方について説明します。

まず、正視眼で調節力が0(ゼロ)の場合、厳密には無限遠しかピントが合いません。ただ、幸いなことに、眼の焦点深度により、調節をしない場合でも数メートル先まではボケを感じません。 調節力が旺盛な若年者では、難なく30cmくらいの距離まで細かい作業を継続することが出来ます。
近視眼で調節力が0(ゼロ)の場合、やはり遠点しかピントが合いません。平均的なマイナス3.0Dの近視では、33cm付近しかピントが合いません。調節力に応じて遠点より近くも見え、同じ調節力だと、正視よりも近視の人の方が、より近距離まで見ることが出来ます。

遠視眼で調節力が0(ゼロ)の場合も、やはり遠点しかピントが合いません。ところが、遠視の遠点は虚像点なので、現実の物体が発する光束が結像することはありません。
つまり、遠視は、調節をしない限り、遠方も近くも見えないのです。 しかし、調節力が遠視度を超えて旺盛であれば、正視眼を容易に装う(自律的に)ことが出来るのです。

眼の水晶体は、無調節時を基準にすると膨らむのが専門で、それ以下に薄くすることは出来ません。
従って、近視の人が調節すれば、さらに強い近視を装うだけですが、遠視の人が調節すると、遠視の程度を軽く装うか、完全に正視を真似たり、時には近視すら装う事が出来る訳です。それらは、全く無自覚に自律的に起こりますので、本人には屈折異常の自覚が無い場合がほとんどで、むしろ自分の遠方視力にプライドを持っている方が多く、現実を自覚させるのは至難です。
しかし、異常が直ちに視力低下として表面に出る近視と、潜伏してしまう遠視と、どちらが眼の生理から言って本人に負担になっているかは、この説明でご理解いただけると思います。
つまり、正視眼→遠方視力が良い、というのは、正しいのですが、遠方視力が良い→正視眼というのは、必ずしも正しくないのです。



近視眼と老眼

 

  今日も、40歳前の男性から、「近眼(きんがん)は老眼(ろうがん)にならないのだそうですね。」と、お決まりの質問を受けました。私がいつものように、「いえ、そんなことはありません、正視、近視、遠視、乱視とは全く無関係に老視は起こります。」と言いますと、「近視の人に老視が出ると、その分、近視の度が良くなる(治る)のですね。」と、やはりお決まりの質問(確認)が返りました。

他には「乱視ってどんなものですか?」というのもあります。 私は性格上、その都度懸命に詳しく説明するのですが、30年間説明し続けて、一般の眼に対する誤解は一向に改善しないことを痛感しています。
その原因を自分なりに推測してみました。
まず、一般の方は、眼の屈折状態の分類を、見かけの症状(それも誤った)を無理矢理当てはめて理解しています。(理解していると思っている)たとえば、「熱が出たから風邪だ。」というように。
それから、近視、遠視、乱視を理解するには、正視の仕組みを理解する必要があるのですが、「視力が1.0以上あるのが正視だ」という短絡的で頑迷な理解に固執しているために、いつまでも真の理解に至らないのです。 つまり、知識が乏しいのが問題なのではなく、「自分は理解している。」という傲慢が真の理解を妨げるのです。 お客さんの質問は、いきなり「乱視って何ですか。」と性急に来ますが、これは足し算も引き算も出来ない人が「割り算を教えて」と言っているのと同じなのです。足し算と引き算が出来ないのが問題なのではなく、それが出来ると信じていることと、足し算からの説明を根気良く聞こうとする姿勢が無いことが問題なのです。  何かが理解できない時、人はその事ばかりに固執しますが、理解できない原因はその前のより基礎的な部分を誤解していることにあるのです。

恐らく、この文章を読みながら、「私に限っては分かっている。」とつぶやいている方もあることでしょう。 でも本当にそうでしょうか。光学的な事に強い方は、平行光線がそれぞれ、網膜上、手前、後ろ、に結像する眼の光路図を思い出しておられることでしょう。 しかし、この光路図をたとえ十年眺めていても、眼の屈折状態の定量的な理解には至らないのです。

それでは、どんな光路図を描けば、眼の屈折の事が理解できるのでしょう。それは、網膜の中心窩(視線が貫く所)から逆進する光束の光路を描くことです。 ただし、水晶体が調節をしていない状態が前提です。

正視眼では、網膜上の1点(中心窩)から出た光束は角膜を出ると平行な光束になって出て行きます。近視眼では、眼の屈折力(調節力ではない)が強すぎるので、網膜からの発散光束は、平行より余計に収斂され、眼の前の有限距離に結像します。この結像点(遠点)と眼(正確には矯正レンズ装用位置)までの距離(m)の逆数が屈折異常の度数であり、近視の場合は符号をマイナスに取ります。従って、焦点距離が遠点距離と等しいレンズを眼の前に装用すれば、無限遠の物点の虚像が遠点に出来るので、その屈折異常は補正されることになります。これは後に説明する遠視でも同じです。

遠視の遠点は眼の後ろの方にあります。つまり、無調節状態では、遠視眼では、網膜上の1点から発散する光束が角膜を出ても、眼の屈折力が弱いので、平行光束になるまで光束を収斂させることが出来ず、程度の弱まった発散光束として出るので、網膜の像は実像を作らず、虚像が眼の後方に結像するのです。

さて、それでは、乱視とは何でしょうか。 上記の光路図は、全て平面上で考えていますが、実際には眼は立体的なものです。眼を視軸に沿って切る断面は、その経線の取り方で無限にあることが理解いただけると思います。そのどの経線による断面でも同じ屈折状態を示す保証はどこにもありませんね。実際にもそうで、厳密にはだれしも多少の誤差を持っているのです。ラグビーのボールを想像していただけば結構です。カーブが一番強い方向と一番弱い方向は常に直交しています。 軸方向は常に水平垂直とは限りません。 たとえば、近視性の乱視の場合、横断面が-2.0D,縦断面が-3.0Dだった場合、その差の-1.0Dを、便宜上、乱視と呼ぶのです。 従って、”乱視”なる不可解な物が近視や遠視の上にこぶのようにくっついているのではなく、近視もしくは遠視の、眼の経線による誤差を乱視として表現するわけです。

以上が屈折異常の説明です。 では”老眼”はどうでしょう。 老眼は屈折異常ではなく、加齢による調節障害なので、上記の屈折異常とは全く無関係であり、次元が異なるものなのです。近視の対極は遠視であり、老視は全く異次元の問題なので、1Dの老視が出ても、-3.0Dの近視が-2.0Dになることは決してありません。

非老視眼では、上記のどの屈折異常眼であっても、眼鏡等で遠点を完全矯正した状態で、近くもはっきり見ることが出来ます。調節力が衰えると、近業の時だけ、その不足分を凸レンズ成分で助けてやる必要があるのです。もちろん、遠方視の時には、直ちにその付加分を取り除いてやらなければなりません。



斜位矯正 / correction of phoria

 

 新年、明けましておめでとうございます。 今年の年賀は年内に書くことが出来ず、いただいた分から返信させていただいています。 失礼の段、お許しください。(店頭のお客様用の2000枚は年内に発送したのですが・・・)

さて、今日は昨年末に斜位矯正をして非常に喜ばれた例をご紹介します。

斜位矯正

一般には、メガネは視力を補正する道具だと思われていますが、それだけではありません。
年末に相談に見えた中年男性は、数十年来複視(二重像)に悩まされ、これまでにあらゆる医療機関やメガネ店にかかったが問題は解決せず、諦めており、運転免許はもとより、職業さえ制限を余儀なくされていました。

私が検眼してみますと、かなり深刻な斜位、というより斜視と言った方が良いほどの眼位の異常がありました。しかも、ずれは上下方向と水平方向にまたがり、それらをベクトル的に合成して矯正に要したプリズムは片方で5pd(プリズムディオプトリー(1mにつき、5cmのずれ))に達していました。
プリズム矯正の実用的限界に近い度数でしたが、この方の二重像は直ちに解消し、感激していただいた次第です。

この方の例は極端ですが、明確な自覚につながらない場合でも、斜位を持つ方は多く、未熟な検査の網をくぐっているはずです。遠視も誤解されているものの代表で、これも「メガネは視力を補正するもの」という短絡的な認識からは到底理解が及ばないようです。とくに若年者ほど遠視は自覚されにくく、本人が納得しない場合は、症状が顕在化するまで放っておくしかありません。 ただ、正視眼の人が3時間集中できる近業が2時間、あるいは1時間でダウンすることも起こりうる訳で、ある意味では人の一生をも左右しかねない問題なのですが。
視機能の発達途上の幼児の強度の遠視を放置すると、調節と輻輳のアンバランスから斜視になり、複視を回避するために脳が効き目でない方の眼の情報を遮断するので、その眼は廃用性の弱視になり、成長後にレンズでの矯正を試みても視力が補正できなくなるのです。
年末に見えた方は、矯正視力が左右共0.3くらいあり、完全に弱視化していなかったので、成長期後に発症したものと思われますが、 逆に片方の眼(効き目でない方)が弱視化していなかっただけに、そのつらさも相当なものだったと思われます。