Две жизни Ясобуро Хачия” Фестиваль Радонеж 2015 / 蜂谷弥三郎さんとクラウディアさんのドキュメント

Я хотел бы поделиться документальный фильм о Клавдии и Ясабуро, с российскими посетителями этого сайта.

I would like to share the documentary about Craudia and Yasaburo, with Russian visitors of this site.

ロシアで制作放映された、蜂谷弥三郎さんとクラウディアさんのドキュメンタリー(ロシア語)がyoutubeにUPされていることを(友人より)知りましたので、主に(最近急増した)ロシアの訪問者の方々のためにリンクを掲載させていただきたいと思います。すでに当事者3人共天国に召されましたが、久しぶりに感慨に浸りました。

(クラウディアさんのことは、2003年11月19日の日記にも記載しています。)

最愛の日本人の夫に、50年以上も独身を貫いて一人娘を育てて待ち続けていた日本人の妻がいたことを知ったクラウディアは断腸の決断をします。

「他人の不幸の上に自分の幸せは築けない。弥三郎にとって大切な人は、私にとっても大切な人。私は夫との37年間の想い出で生きて行ける。」

心臓を患っていた蜂谷さんの日本の奥さん(久子さん)は、蜂谷さんと10年ほど暮らした後の2007年に蜂谷さんの胸の中で息を引き取りました。クラウディアさんはその7年後の2014年に亡くなられています。

蜂谷さんは晩年、認知症を患われていました。通っておられたデイサービスセンターの介護士に、たまたま当店のお客さんがいたため、それを知りました。私はその方に蜂谷さん宛ての手紙を託しましたが、蜂谷さんは無反応だったそうで、返事はもらえませんでした。もっと早くコンタクトを取らなかった自分を大変後悔しました。

クラウディアさんの胸の底は想像の域を出ないわけですが、互いの病気や老いの末路を予測され、彼女が下した英断は、ある意味、功を奏したのかも知れないと、ふと思うことがあります。 37年間の、夫との甘美な想い出をスポイルしないための潔い英断だったのではないか、とも思えるのです。

蜂谷さんは、二人の妻の最後を見届けた後、2015年6月10日に96年の生涯を閉じられました。

Local Armwrestling Tournament / アームレスリング大会(於パレットとっとり)

Commemorative Photo with Mr.Yamaguchi,the winner of the Expert Class

(試合後にエキスパートクラス(右腕)の優勝者の Yamaguchi さん(左)と記念写真を撮らせていてだきました。対戦はしていません(雲の上の人です^^;)。レフェリー役は師匠の Nishikawa さん。)

Match venue 受付準備中の会場

Local armwestling tournament, open category, was held last night in Tottori City. Most of the competitiors seemed to be near local, but several experts came all the way from Sakaiminato City,far west of Tottori Prefecture.(Tottori-City is located far east.)
I entered in the Beginner’s Section, but “Beginner” really didn’t mean a beginner to the letter. Most of them were actually advanced persons and very strong. I could only get two wins, each one win on right and left respectively, on the consolation match. I was a bit dissapointed with the result, but at the same time I told myself it was a small one step of my Armwrestling carrier.

After party was held at the snack bar,”South Orange”, in charter, and I was very happy to join the local members and to be introduced to the experts. Armwrestling table was also brought in the bar and we enjoyed practice matches over a glass of beer.
Not only they were so strong but also they were so nice. There was a common value of a kind of “Investigator” in all of us, and found all of us are very serious in improving ourselves.
 昨晩、地元のアームレスリング大会(於:パレット鳥取)に参加しました。全国大会につながるような組織的な大会ではなく、目下の師匠の Nishikawaさんが県下のアームレスラーを招集した練習会的な大会で、事前の申し込み用紙や公募のポスターすら準備なしでしたが、実にアットホーム的な競技会でした。
参加者は約40名くらいがエキスパートクラス(約10名)とビギナーズクラス(約30名)(両クラス共体重無差別級)に分かれて闘ったわけですが、ビギナーといっても文字通りの意味ではなく、予想通り、ほとんど皆かなりの経験者であり、アドバンスドと呼ぶべきランクの人たちで、その強いこと、強いこと。^^; トーナメント構成の不運(左右共、初戦の相手が結果的に優勝者)もあって、本戦は期待に反して左右とも初戦敗退、敗者復活戦の初戦で左右を1勝ずつ出来たに留まりました。^^; 何とも無念で屈辱的な結果となりましたが、まあ、大会での初の1勝を左右共勝ち得たということで、最初の小さい一歩を踏み出したのだと、自分に言い聞かせています。
 ただ、より大きな収穫は、試合後に、近くのスナックバーを貸し切り(かつアーム台持ち込み^^)で催された打ち上げパーティに参加できたことです。観戦に来てくれていたジムのパートナー(パワーリフター)の Kuramitsu 君も紹介(とアームへの勧誘?^^;)を兼ねて同伴しました。
県下の主立ったアームレスラーの方々と交流でき、自分の顔を覚えていただいたということで、これも大きな最初の一歩だと思っています。境港市からわざわざ参加してくれたエキスパートの方々の中に、事前にブログだけを拝見していた方(コアさん)と知り合えたのも大きな収穫でした。 コアさんはブログから、文章がうまい方だと思っていましたが、最近ブログにUPされた子猫ちゃん騒動でも分かるように、実に心が優しく、気配りの効く素敵な方でした。
アームレスラーというと、ネット上では、その雰囲気からか(門外漢からは)粗野で乱暴なイメージを持たれている節が否定できませんが、実際には、皆真剣に自分を磨いている、いわば真摯な求道者である、ということがこの世界の門をくぐってみると分かります。 予想通り、私が出場者の中で断トツの最高齢者(64)(次の年長者でも49歳^^;)でしたが、求道者は、年齢も職業も何も関係なく、共通の価値観での一体感が持てることが分かりました。
10月12日追記:
(右腕をUP頂き、光栄です。コアさんの前腕も、お怪我による長いブランクにもかかわらず、さすがにアームレスラーのそれだと感じさせられました。^^写真や動画で見たよりも逞しかったですよ。^^)