Cataract / 白内障

There must be very few people these days who don’t know about surgery to remove cataracts.
Cataracts are clouding of the eye’s lens, and the prevalence increases after the age of 60. In other words, there is almost no one who is free from suffering from cataracts in our lifetimes.
But, we are very happy living in the era of cataract surgery that can be done easily and safely. You can restore the clarity of your eye lens to the very level of a new born baby just after a “15 minute” surgery, with no fear or pain. The eye’s cloudy natural lens is removed and replaced with a clear artificial lens implant, called an intraocular lens or IOL.
But, I would like to share my professional opinion with you before you decide to have cataract surgery. As you know, every lens has its own power which is also true for the IOL. It is up to you which one you choose from the various kinds of IOL available, Myopia (shortsightedness),Hyperopia(farsighted ness), or Emmetropia( the correct eye).
I am not going to argue with your decision should you choose emmetropia, but I must warn you that your new IOL will have a fixed focus and that emmetropia may not necessarily be the happiest or best choice for you.
The artificial lens will never bulge according to the distance when you stare at a close object or target, as the natural lens does. Therefore, you should review your lifestyle carefully before you decide which distance is best for you. If you consider it seriously, most of you will arrive at the conclusion that the optimum focus distance of between 2-meters and 50cm, rather than an infinite distance; which means a moderate Myopia lens is the right choice.
〈老人性)白内障や眼内レンズのことを知らない方は少なくなりましたが、皆さん、”距離”についての認識が甘すぎて、術後に不便している方が非常に多いので、警鐘を鳴らしておきます。
濁った水晶体を取り除いた所に挿入する眼内レンズも”レンズ”ですから、あらゆる度数が可能です。 つまり、白内障手術は、一生を通じて、好きな屈折力の眼に産まれ変われる、千載一遇のチャンスなわけです。 そうした極めて重大な決断が迫られる、手術直前の段階で、(一般的に)眼科医は(相手が老人なので、詳しい話は理解できないと思うのか?)さらっとしか明視距離のことに触れず、あれよあれよと言う間に手術を終えられた患者が後になって、自分のライフスタイルにそぐわない、新しい我が眼に困惑するわけです。
眼内レンズは、生身の水晶体と違って、常に固定したままで、近業時に都合よく調節して(膨らんで)くれません。たとえば、無限遠に合わせてしまう(つまり正視)と、屋内では読書距離は当然ながら、それより遠いテレビの距離でもややボケて見えるわけです。 優先的に見たい距離は、個々のライフスタイルや生活環境、好みによって変わるので、手術前にはじっくりと自分のライフスタイルを見つめ直し、公約数的な明視可能距離を決定しておく必要があるのです。
希望の明視距離を数字で担当医に指示しない場合は、概して正視に近い眼内レンズを入れられることが多いようですが、上記を真剣に検討すれば、大体1.5m~0.5mくらいの間に答があるはずです( 近視度に換算すると、-0.75D ~ -2.0D くらいの弱度近視 )。
先日、(女性の)画家の方に(手術前の)相談を受け、「50cmでやってもらってください。」とご指示し、結果、大変喜んでいただきました。(担当医師は、「本当にそんなに近くして大丈夫か?」と、何回も念を押したそうです。^^;)
まあ、どの距離を選択したとしても、術後の眼は調節力を失っている(究極の老眼)わけですから、全ての距離に対応するには、遠近両用メガネ等が必用になります。 ただ、裸眼の時にどの距離が見えたら一番便利か?ということを真剣に考えておくことが重要だということです。 判断基準は他にもあるでしょう。 メガネが使えない極限状態を想定したサバイバルを重視したり、女性の場合は、裸眼で鏡を見てお化粧できることも重要です。 また術前の眼の屈折状態(近視,正視,遠視)も考慮する必要があります。元が遠視だった場合は近視度が強くなったら遠方視力に不満を持つでしょうし、元が強度近視だったら、裸眼で読書距離が完璧に見えた方が良いでしょう。
眼に関する他の日記

ある日の「医師当直日誌」より(I さん筆)

先週、外来に出ている時、二六歳の青年が診察を受けに来た。一年前から胸痛、 動悸、喉頭狭窄感等の症状があり、近くの病院にかかっていたという。父の交通事故死 などのショックもあり、会社もほとんど休みがちであった。病院でいろいろ精査したが 特別の異常もなく「精神的なものでしょう」と言われ精神安定剤等の投与を受けていた。 診察してみて確かに不安神経症的な病であろうと思われた。カルテの住所を見るとH市で ある。勤務先も確かK市で盛岡と関係ない。「どうして当院へいらしたのですか」と訊く と、県立中央病院時代の私のことを聞いて来たのだという。私はすっかり感激してしま った。医師冥利に尽きるとはこのことである。患者さんは有難いものだとつくづく思った。 H市から医大や県立中央病院へ行くのでなく、そこを素通りしてはるばるこの盛岡の外れの地 まで来てくれる……。その患者の心を想い責任の重さを痛感しないわけにはいかなかった。
その晩、県立中央病院時代のことをあれこれ考えた。当時の受持患者は今の四分の一 以下。検査や外来で忙しかったが、患者と話す時間も結構多くとれた。心身症のよう な患者もいて、ベッドサイドに腰掛けて話し込んだり、家族や職場の上司と面談した りしたものだ。入院している高校生の勉強がおくれるのが気の毒で数学を教えたりも した。確かに「手のかかる」患者達で、努力が実を結ばないこともあったが、無駄な 苦労をさせられたという感じはない。彼等は私に医師としての道を指し示してくれ たという想いが強い。
初心忘るるべからず
私を訪ねて来てくれた青年の顔を思い浮べながら、改めてそのことを肝に銘じた次第。

(1987年8月3日)

日誌に書いた二六歳の青年Aさんは、その後もキチンと二週おきに通って来てくれ ている。漢方薬が効いたのか症状も軽くなり、会社にも行けるようになった。 「胸が苦しくったって、 動悸がしたって、『これがオレの生きている姿なんだ。 文句あっか』と思うといい」とか「私の好きな宮本輝という作家も君と全く同じ病気。 価値のある立派な人がなる病気だと私は思う」と話したりしている。Aさんも病気がよく なれば私の所には来なくなるだろう。それが悲しくもあり、医師としての喜びでもある。

その人との出逢いに運命的なものを感じさせられる存在を人誰しも持っていると思う。 私が県立中央病院時代に出逢った患者のBさんは、そのような一人であった。Bさんは、 循環器科病棟に入院していた四六歳の女性(当時)で、トイレ歩行も困難な程の重症の 心臓弁膜症を患っていた。この人がある時から腹痛を訴え出し、消化器科の医師に精査してもらったが原因がわからず、やむなく各種精神安定剤や鎮痛剤を試みたが効きめがなく、ついには月何十本もの麻薬のモルヒネの注射を受けていた。しかし、それでも痛みのコントロールは不可能であった。食止めにして点滴だけで栄養を取る方法も試みられたようだが、やはり効きめがない。当時私は医師になって二年目で、研修医として循環器科病棟に配属されたばかりであった。科長回診に従いていって、初めて出逢ったBさんの峻しい表情に私は強烈な印象を受けた。怒り、諦め、苛立ち、哀願……ありとあらゆる複雑な感情がその表情にこめられていた。私は主治医にBさんの腹痛にアプローチさせてくれるようにたのんだ。医師や看護婦が彼女の訴えに真剣に耳を傾けていないように思われたし、漢方薬なら何とかなるかもしれないという期待もあった。病状の把握が難しく治療は困難を窮めたが、漢方薬開始後、麻薬や鎮痛剤の投与は一切不用となった。しかし、腹痛の訴えはかなり執拗であった。一年にもわたる腹痛が簡単に治るはずはなかった。Bさんのベッドのわきに腰を下ろし、彼女の話に耳を傾けるのが私の日課であった。心臓弁膜症による心不全症状が出たのが二十代、その頃手術を受けたが症状の改善に至る程の効果はなかった。結婚をしたが、子供をつくるのは医師から止められた。ずっと入退院の繰り返しで、夫に妻らしいことは何一つしてやれなかった……。そのような話をしている最中にも痛みのため顔は歪んでくる。Bさんのお腹をさすってあげながら話を聞くこともあった。こうして何回か訪室するうちにBさんの顔も次第に穏やかになり、ある時から私を笑顔で迎えてくれるようになった。腹痛の方も次第に軽くなり、三、四ヶ月でほぼ軽快した。そしてその頃私も、他の病棟に配属替えとなった。

その後何ヶ月かして、Bさんが腹痛を再び訴えるようになったと聞いた。漢方薬が止め られたことと、ある看護婦の心ない対応(「本当にあなたお腹が痛いの」と言ったこと)が その原因であったと思っている。私はBさんのことが気懸りで、県立中央病院を辞めたあと も何度か見舞った。私を見た瞬間、彼女の顔がパッと明るくなり笑顔がこぼれる。しかし、 やはり腹痛で苦しんでいた。私はもはや主治医でも何でもなく、ただ彼女を励ますことしか できなかった。その彼女も悲しいかな今はこの世の人ではない。心不全が悪化し昨年の夏亡 くなってしまった。事情があって彼女を自分の病院で看取ってあげられなかったことは、 痛恨の極みと言うほかはない。しかし、Bさんとの出逢いから私が学んだことははかり しれないものがある。自分はどのような仕事をすべくして生れて来たのか、どのような医師 であるべきかを、Bさんは笑顔で私に語ってくれるのである。私は彼女の笑顔を生涯忘れな いだろう。

私は自分が勤務した病院で機会ある毎にBさんのことを話して来た。ベットサイドに腰を 下ろし患者と同じ眼の高さで、患者と等身大の人間として話し合うことの大切さを訴えている。 何故私がこのようなことを強調するかと言えば、私自身生れながらにして病める者、 障害をもつ者であるからである。母は私を身ごもった時、胆石症を病んだ。その疝痛発作を 止めるために医師が打った一本のモルヒネが私の左眼の視力を奪った。(それが事実かどうか 不明であるが、少なくとも私はそのように言われて育った。) これが実に私の医学と医師との 出逢いなのである。何という刻印を医学は私の体に遺したのか。この障害のために私がどのよう に悲しい少年時代を送ったか、どのように屈辱的な体験をさせられて来たかについては、ここで 述べるつもりはない。ただ、そのことで私は我が身の不幸を嘆いたことはないし、この世に生 を受けたことを悔んだこともない。そのような体験があるからこそ、私は患者の心がわかる のだし、BさんやAさんのような人に巡り逢うことができたのだと思う。眼は一つしか与えられ なかったが心にもう一つの眼を持つことができたような気がするし、本当のものを見て死にた いという生涯の願いも叶えられそうな気がする。医師になって本当に良かったと思っている。


手作りは楽し(I さん筆)

小さい頃、私は「破壊屋」と呼ばれていた。何でも物心がつく頃、家の自転車をまるごと解体 してしまったのだそうだ。当の私には全然記憶がない。ただ、スパナを持ってあちこちの機械類 のボルトを外して回ったことはうっすら覚えているから、自転車を解体したのもおそらく事実なの だろう。三歳か四歳頃の出来事と思われる。こうしたこともあって、私は周囲から将来機械屋に なるだろうと思われていた。その通りにはならなかったが、小さい頃からメカニズムには強い関心 があった。もののしくみや働きが知りたくて、どうしてもそれを分解したくなってしまう。 ところが一度分解したものを元通りに組み立てるのは遥かに難しく、かなりの習熟を要する。 それに挫折し、それこそ分解が破壊に終わってしまうことが多かったわけである。

しかしながら、私は物を壊してばかりいたのではない。ものを作ることにも大いに熱中した。 コマ、竹馬、チャンバラの刀など、遊び道具は大概自分で作った。腰に鉈をぶら下げ、山を歩き回 って材料を見つけてくるのである。極め付きは木の橇であった。適当な木を選び、鉈と鋸と金槌を 使い半日がかりで「愛馬」を仕上げる。郷里釜石はほとんど雪が降らないので、テカテカに固めた 土の斜面を滑るのであるが、傾斜によっては恐怖感を覚えるほどのスピードが出、実に爽快で あった。

このようなわけで、大工仕事や、金属を加工する仕事には今でも関心がある。工房を構え、 レンズや反射鏡を磨き、金属を削り出して手作りの天体望遠鏡を作ったり、自らの力で一軒の家を拵え るのが生涯の夢である。望遠鏡を作るのはもしかしたら実現可能かもしれないが、家はおそらく無理 であろう。昔、近所の棟梁が息子一人を助手にして家を建て上げたのを見て感嘆したことがあり、自分 もいつかはと思ってきたのであるが、それこそ叶わぬ夢であろう。

私は、医者にならなかったら、大工か旋盤工になっていたかもしれないと人に語ったことがある。 それほど私は、ものを作るのが好きだし、ものを作る人々を心から尊敬しているのである。イギリス には家具の修理を専門とする職人がおり、ヴィクトリア朝などの古い家具を修理する仕事が立派に職業 として成り立っている。そのような職人に私は憧れている。いつかNHKの「手仕事にっぽん」という 番組で、壊れた腕時計を修理する職人が紹介されたことがある。折れた歯車の歯の修理の際に、廃品の 歯車の歯を切り取り、それをハンダ付けして再生するという非常に細かな作業であった。修理が見事に 成功し時計が再びチチチチと動く音がとても感動的であった。また、東京の南部の町工場には、 素晴らしい金型職人や自分の指先でミクロン単位の違いが分かる旋盤工がいる。このような人達こそ、 国の宝と言わずしてなんと言おうか。額に汗し泥や油にまみれてものを作り出す仕事こそが価値がある のだ。もの作りへの関心を失い、濡れ手に泡式の金儲けに走るこの国は一体どこへ行くのだろうか。

大層偉そうな話になってしまったが、もの作りが好きだといっても、私自身は非常に不器用な人間 である。ただ、何故かものを作るのが楽しく途中で投げ出したりしないだけである。小学や中学の頃は 技術の時間が少なく、「手本」通りに作ることを要求されたり、自分の作品を他人と比較されたりする ことがなかった。学校教育には功罪両面がある。自分のもの作りへの情熱が学校教育でスポイルされ なかったのは幸いであった。

いつだったか、病棟の輸液ポンプの把手付きのボルト(ポンプをポールに固定するボルト) を修理する機会があった。プラスチックの把手が割れ、ボルトが曲がっていた。業者に修理を依頼して いるが埒があかないという。それではと修理を買って出た。ボルトの径は九ミリ。ボルトにはネジのピ ッチが異なる二つの規格があるが、そのどちらとも違う特別の規格らしい。曲がったボルトを使うしか ない。万力に一方の端を固定しモンキーレンチで他端を挟み力任せでどうにか曲がりを修正した。把手 には、望遠鏡メーカーののみの市で入手したアルミ部品を使うことにした。精確にセンタリングし、 卓上ボール盤を使ってシャフトに九ミリの穴を掘った。それに垂直にわ き側方から三ミリの穴をシ ャフトに開け、ネジ穴を切る(タッピングという)。把手をボルトに固定するネジ穴である。把手を回 しやすいように四隅にヤスリで円形の切れ込みを入れ、ボルトに横ネジで固定して完成。正味四時間。 久しぶりに創作の喜びを味わうことができた。

私は、このような仕事が全然苦にならない。家でも、ちょっとした修理や障子張り、網戸張り などは自分でする。かくして、女房に「医者をやめても食べていけるわね」と適当におだてられながら 便利屋を務めることになるのである。

 

I wonder how many astronomy manias would know the initial type of my EMS I had released in 1989 in Japan. This Amici-analogue type of EMS was originally made by me before 1980, and my article appeared in November,1982 issue of Sky and Telescope magazine.

Catering to the order of initial type of EMS user, I made a 36.4mm-thread to 2-inch adapter, and I had touching gratitude e-mails from him with some attachment of his moving essays that impressed me so much. I am sorry that I can share them with only those who can read Japanese. But, if you can, please try it to read.

DIY is Fun

From ” My Diary on duty at the Hospital”

Here are the related articles concering to the initial or next-initial EMS.

125ED-BINO & EMS-1

Handy EMS-BINO

A folding wheel chair

You can see the anatomy of the initial EMS in my TV program below.(in Japanese only)

Dream chaser(Challenge to the stereotype…)

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6月5日に、「36.4ネジ(望遠鏡)接続タイプの小型EMS用に、”36.4ネジ→50.8φ差込”の アダプター製作」のご依頼を、岩手県の I さんという方からいただきました。

最初にピンと来たのが、10年以上前に製作したことがあった、箱型のEMS-Sでしたが、よくお聞きしたところ、 それではなく、何と、一番初期のアミチプリズム型のEMSではありませんか。 それをずっと今日まで愛用してくださって いることに加え、最近、代理店さん経由でEMS-ULも追加購入してくださっていました。(左の写真の下の隙間からEMS-ULが少し見えます。) もちろん、今忙しいから・・と、 とても断ることは出来ませんでした。^^;(横のアルマイト未処理のアダプター単体は、当初にお作りしていたPENTAX(105EDHF)用です。)

感激はそれで終わりではありませんでした。 完成したパーツの納品後にいただいたメールには、アダプター製作を 喜んでくださったお気持ちが綴られていたわけですが、添付いただいた以下の2つのワードファイルには 大層心揺さぶられ、I さんに無理を言って、ここで紹介させていただく次第です。

手作りは楽し

ある日の「医師当直日誌」より

どんな職業でもそうだと思いますが、日々の仕事は、ややもすればストレスが溜まるものではないでしょうか。 地道な誠意は伝わりにくく、派手なパフォーマンスをする世渡り上手は脚光を浴びやすかったりします。

しかし、こうしてたまに遭遇する、心の琴線に響く client との出会いが、歩き続ける元気を与えて くれるのだと実感させられます。 振り返ると、実際そうでした。

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初期(と準初期)のEMSに関係した日記とリポート

125ED-BINOとEMS-1

Handy EMS-BINO

折りたたみ式車椅子

また、以下のテレビ番組の中でも、初期のEMS(正立ミラーシステム;EMS-1)の内部構造を分解してお示し しています。

夢をつむぐ人々(常識への挑戦・・)

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人生はうたかたの夢。初期のEMSを開発してから、あっという間に過ぎ去った時間が折り返した頃には、私はすでにこの世に いないか、いたとしても、もうこの仕事はしていないでしょう。 想い出も、またかかわった人たちも、いずれは消えて行く宿命 ではありますが、臨終に思い出すであろう甘美な出会いに恵まれたこと(多分これからも)を改めて幸せに思います。

Grip Strength-18 (握力:記録更新-16)

It is a commemorative day today!
I have just exceeded 80kg’s gripping power on the right hand.

People often ask me “Why are you trainning your grip strength so seriously?” It is difficult to explain it in a word or so, but I think a man should be strong also in the physical strength. A new-born baby is said to be enough strong in the grip power so that it can hang from a bar, and even a dying man would grip back the hands of beloved families. Yes, grip power is important all through our lives.

It is believed that our ancestors were on the tree in the ancient days. Yes, we were far more strong than we are, and I believe that we still have a potential of the physical abilities of our remote relatives in the tree.

Gibbon and Tigers
Gibbon and Children
Gibbon’s Attack
A shot in my youth

やっと右手が80kgを越えました。 長いトンネルでしたが、(自己流の)トレーニングの方法は間違っていなかったようで、 当面は今後も同じやり方を続けてみます。

「なぜ、そんなに握力を鍛えるのですか?」とよく問われます。 一言では答えられませんが、少なくとも自分にとっては、”握力”は大切なものです。 生命力を実感し、時にはPASSIONの捌け口でもあります。 昔の精神主義のトレーニング方法に対する反省と反発、リベンジであり、また独自のトレーニング法の 実験でもあります。

人間、生まれ落ちた時の握力は相当なものだそうで、手だけで何かにぶら下がれる握力(つまり母親の腹にしがみ付いて落ちない握力)を持っているそうです。(そのままチンプやゴリラに 育てられたら、また強くなるのかな??^^;) そして末期に家族の手を握り返したりもします。

私たちは樹上で進化し、強くなりました。 全ては物を握ることから 始まったのです。他のヒト科の類人猿は300㎏以上の握力を持つ者が多く、必要がなくなったと言ったらそれまでですが、私たちの現状は、あまりにも機能を 眠らせ過ぎていないか?と思うわけです。 力を使わず、食べることだけは飽食に過ぎ、いろんな現代病の原因になっています。 「病みたくなければ、食べるな!」、 「しっかり食べたければ鍛えろ!」というのが私の健康維持に関する持論です。^^

Gibbon and Tigers
Gibbon and Children
Gibbon’s Attack
A shot in my youth

Grip Strength-3 /(握力:記録更新)

 

The record is renewed today. I seem to have come through the slump.

ようやく記録を更新しました。 70kgが現実味を帯びて来ました。

因みに、私は若い頃より腕相撲で負けたことはほとんどありません。 まあ、アームレスリングの専門家にはかなわないでしょうが、一般人及びそれに 毛が生えたくらいの力自慢には負けません。

1985年の夏、私はアラバマ州の地方都市に住んでいた米国人の友人宅に2週間ほど滞在していました。 友人は身長190cm以上(体重90kg)でアメリカ人としても大柄な男でしたが、当時身長167cmで体重が56kgくらいしかなかった(ボディビルをやる前)私に腕相撲で 歯が立たなかったのが不思議でならなかったようで、現地のあらゆる力自慢を私に挑戦させました。 6人くらいが私に挑戦しましたが、私は無敗でした。 友人の親友(大工)に身長190cm以上で体重が130kgくらいの大男がいて、友人は彼に「おい、こいつと腕相撲してみろ。 お前が見掛け倒しだっていうことが分かるから。」と 挑発しましたが、結局彼は私との対戦に応じませんでした。

ただ、一人だけ怪物的な男がいました。 前後しますが、友人が「自分はあらゆる階層の人とわけ隔てなく付き合っていることをお前に見せたい。 これから訪問するお宅は、これ以上はないほどの貧しい家庭だ。 しかし心はピュアな人たちだ。」と私に言い、連れて行かれた所は、西部劇に出て来る粗末な家よりもずっと ボロボロの家(小屋?)で、70歳代の老夫婦が19歳の孫息子と一緒に住んでいました。 家長であるおじいさんは、ほぼベッドに寝たきりのようで、気さくで明るい 奥さんが寝室に私たちを案内してくれ、ベッドに上半身を起き上がったおじいさんを見舞いました。 猛烈な南部訛りでほとんど聞き取れませんでしたが、 「こうして個人レベルでは仲良くなれるのに、どうして国と国は戦争をするんだろう?」というような意味のことを話しておられたことは良く分かりました。  ベッドのすぐ足元の壁面の小さい天窓に場末の中華料理屋の厨房の換気扇のような小さい扇風機が、ことことと弱弱しく回っていたのが目に焼き付いています。

前置きが長くなりましたが、孫息子の従兄さん(24歳くらい)がそこに遊びに来ていました。 例のごとく、友人はこの2人の青年にも私に腕相撲を挑戦させました。 19歳の青年は予想通り、何の抵抗もなく私が楽勝。 しかし、アメリカ人にしては小男(170cmくらい)だった従兄は、軽トラックの後輪側をデッドリフトで持ち上げるという 力自慢で、自分も気合を入れて対戦しました。 そのお宅の卓球台のような粗末な食卓テーブルが本当に弓のようにミリミリとしなり、私も彼も完全に本気モードで全力を 出しましたが、結果は私の勝利でした。 小男を馬鹿にしてはいけません。 例外もありますが、一般的に怪力の持ち主は170cm前後が多いのです。 彼は大層悔しがり、私がその家に滞在中にさらに3度私に挑みましたが、いずれも私の勝ちでした。 一般的に力自慢の男は、何度も私に挑みますが、勝敗が覆ったことは 今までに一度もありません。 もちろん私も疲れますが、敗者はさらに疲れるので、何度やっても順位は覆らないのです。^^;

19歳の孫息子さんは、不登校だったみたいでしたが、一念発起で空調関係の専門学校に行くんだと言って、私にうれしそうにテキストを見せていました。 私が帰国後、肌寒くなった頃、その孫息子は大量の睡眠薬を飲み、45口径のマグナムに弾丸をフル装填して山に逃げ込みました。 そして数日後、彼は変わり 果てた姿で発見されました。  それを知った時、彼にも従兄さんにも、一度くらいは腕相撲で負けてやればよかったと後悔しました。

何やら、脱線したみたいですが、私の想い出としては、皆関連しているので、書いてみました。

刻舟求剣 (Searching for a sword by marking the gunnel)

“Searching for a sword by marking the gunnel.” is the fable from the Chinese classics written more than two thousand years ago. The original story is for a stupid man who was optimistic when he dropped his sword out of his ship. He said marking the gunnel of moving ship that “There will be no problem. I can take the sword at the marking point of the gunnel at the next port.” I just remembered the fable after the series of exchange of Q and A with a novice binosocpe user. It is not only for the “Novice” but is the warning to all of us including myself at thinking of an appropriate strategy for collimating the binoscopes.

「舟を刻みて剣を求める・・」というのは、紀元前の中国の古典由来の言葉です。 昔、楚の国の人が、動いている舟の舟べりから剣を落としてしまいました。 でも、その人は少しも慌てずに 落とした所の舟べりに印を付け、「次の港で、この舟べりの傷の所で潜って取るから心配ない。」と 言ったとのことです。 古典の趣旨は、舟の動きを大きなスパンでの時間(時勢)の流れと捉え、より深い意味での訓話としている らしいのですが、もっと素直に文字通りに捉えても、直接的な教訓が読み取れると思います。 先日、20年前の(赤道儀用)回転装置が調整のために里帰りしたことを、製作情報速報でご紹介しました。 鏡筒を外して、回転装置のみを送って来られましたので、かなり酷い管理状況(20年間、注油等のメンテの形跡がなく、埃まみれというよりも土まみれの状態^^;で、目幅調整も動かない状態。)だった装置をオーバーホールし、返送しました。

ところが、ユーザーの方より、「左右の望遠鏡の高さが合わない。」というご指摘があり、メールもFAXも 使えない方だったため、問題が、「光軸が合わない。」という意味だったと分かるまでにかなりの日数を要しました。 鏡筒バンドの下に紙等のシムを挟むようにご指導したところ、また数日後に電話をかけて 来られ、「1cmの厚さの物を挟んでもほとんど改善しない・・・」とのことで、結局、今度はEMSを 一式送って来られました。 そのEMSも清掃して再調整し、返送しました。 一緒に、当サイトの光軸調整関連項目をどっさりとプリントアウトしたものも同梱しておきました。

それから1週間後の今日、初めてその方からお電話があり、万事解決されたかと思ったのですが、 やはり解決しないとのことで、よくよくお話を聞いてみたところ、シムを前後の鏡筒バンドの下に 均等に挟んでおられたことが判明しました。 これだと、何センチ挟んでも変化が無いわけです。^^;  ということで、やっと疑問が氷解し、今度こそ、解決されることでしょう。

数百メートル先の地上物であっても、手元での鏡筒の少しの平行移動は光軸調整には、何らの関与もしませんが、相手が天体なら尚のことです。我が家で見ている月の方向は、お隣の中村さんの家からも、向かいの鈴木さんの家から見ても同じ方向なのです。ところが、角度のずれは鋭敏に影響し、どんなに酷い光軸ずれであっても、大抵は片方の鏡筒バンドの底に厚紙1枚挿入するだけで状況が激変します。

角度が変化しないようなシムや変形をいかに駆使しても、調整にはならないのです。 4本の鏡筒バンドをメガネ型に結束したシンプルなBINOは、バンドを少し緩めてBINO全体をほんの少し捻り、光軸が 復元した段階でバンドを締め直すと、簡単に光軸が復元出来ますが、これについても、 なかなか理解できない方があり、頭を捻らされたことがあります。
最終的には理解していただきましたが、その方は、鏡筒を光軸を軸として回転(これも確かにねじりですね^^;) させておられました。^^; これも、ちゃんと出来た鏡筒の場合は、何の意味もありません。 これで調整が出来たとしたら、鏡筒自体の光軸のスケアリングが著しく狂っていることになります。

ただ、この”事件^^;”は決してこの方だけの問題ではなく、レベルに応じて私たちは簡単に間違いを犯してしまう、ということを自戒させられずにはいられません。 まずは、「20年問題なくBINOを使って来たのだから、基本的な 使い方は理解しているだろう。」というのが、私の最初の思い込みだったわけです。
(ただ、不幸中の幸いだったことは、20年前のEMSには、X-Y調整機構が無かったということです。これがもしあったら、この方はもっと迷宮の奥に入り込んで、二度と外に出られなくなっていたに違いありません。^^; また、まだネットがほとんど普及していなかった20年前、「FAXで視覚情報がやり取り出来ない方のご注文は 受けられません。」と言った私に熱心に製作を依頼された方だったことも、じわじわと思い出しました。)

冗長になってしまいましたが、基本からの調整マニュアルの作成の重要性を再認識させられた事件でした。 納期がずれ込んでいるバックオーダーとの二重苦ではありますが、何とか早くまとめたいものです。

楚人有渉江者。
其劍自舟中墜於水。
遽契其舟曰、是吾劍之所從墜也。
舟止。從其所契者、入水求之。
舟已行矣。而劍不行。
求劍若此、不亦惑乎。

 

Alignment of EMS-BINO(EMS-BINOの光軸調整について)

EMS-BINOを開発して以来、性能の向上と納期の短縮に全力で努めて来たものの、全てを一人でこなして来たため、 使用マニュアルの作成等のソフト的な部分がどうしても二の次になって来ました。

自転車に乗れる者は、自分が乗れなかった頃の感覚を思い出すのは難しく、どうしても当たり前のことと考えてしまう 傾向があるようですが、最近、EMS-BINOのユーザー人口が増えるにつけ、自転車の補助輪に当たるような補助手段も、 ユーザーによっては用意しておくべきかな?と感じ始めました。

雪上スポーツ(移動手段?)に例えると、市販の双眼鏡は、乗りさえすれば誰でも斜面を滑り降りることが出来る、 舵付きのソリのような物です。 一方、EMS-BINOは、(誤解を恐れずに言うと)多少スキーに似たところがあるかも知れません。 初心者がいきなりリフト に乗って山頂に上がっても、下を見て怖くなって、結局はスキー板をかついで斜面を歩いて降りるハメになることもあるか も知れません。

スキーであれば、まずはボーゲンを覚えるだけでも、結構な関門があります。それから進んで、両脚を揃えて華麗にター ンが出来るようになるには、かなりの精進を要します。 ほとんどの人が、スキーに接する前に自転車を乗りこなしてお り、曲がる際に重心を遠心力と反対方向に傾ける自転車の習慣が、ほとんど本能的に身に付いています。スキーの曲がり 方は、それとは全く逆で、ターン時には常に谷足に重心を移動しないとけないので、最初はなかなか受け入れ難いものの ようです。

しかし、スキーと比べると、EMS-BINOの光軸調整のハードルは、桁違いに低いと言えます。本当は、“習得”という言 葉を使うこと自体が間違いなくらいで、むしろ“約束”と言うべき内容です。

EMS-BINOの光軸調整は、使用者の“勘”で調整するのではない、ということを、まず理解してください。
ポケットの中の2枚の百円硬貨をきちんと揃えることは、手探りでも可能です。見ながらやれば、さらに確実です。 2枚の百円硬化を重ねて、ずれていたら、どちらかの硬貨の縁が外(又は内)に出ます。完全に重なると、真上から見れ ば、1枚の硬貨のように見えます。 これが、完全に揃った状態です。約束さえ守れば、この2枚の硬貨を揃えることと同じレベルで、確実に正確に光軸を合わせることが可能です。

ただし、ただやみくもにBINOを覗いていては、上記の2枚の硬貨の例のようには、像の位置(ずれ)が明確に特定でき ません。 なぜなら、私たちの眼の旺盛な輻輳力が、内寄りの光軸ずれの検出を埋没させてしまうからです。
それが、ある見方をすることで、その輻輳の介入を完全に排除でき、上記の2枚の硬貨と全く同じように、“ずれ”を客 観的にしかも非常に正確に見極めることが出来るのです。

その方法は、当サイトで繰り返し説明しており、それをちゃんと読んでくださっている方や、完成したBINOを当方で受け 取ってくださった方は、すぐにマスターされます。 どうしても当サイトを斜め読みされる方のために、再度、その説明 を試みます。

眼をアイピースのアイポイントから、25cm以上離します。もちろん、目幅が合っていることが前提です。すると、射出 瞳が一つの円になって融像し、その中に目標の像の位置(ずれ)を正確に検出することが出来ます。光軸が完璧であれば、 目標も、融像した射出瞳の円内に一つの像として融像して見えます。(左右の像が、それぞれの射出瞳の中で同じ相対位 置を占めていないといけません。)

この方法は、決して“勘”で合わすのではない、ということをご理解いただけたでしょうか。 従って、EMS-BINOは、 この方法を習得したユーザーであれば、光軸は常に完璧であり、逆に、これを理解していないユーザーのBINOは、ほぼ常 に狂っている、というわけです。極論すると、EMS-BINOは光軸が完璧か、大幅に狂っているか、の2種類しかなく、中間 はない、ということです。

後者に属する不幸なBINOを少しでも減らしたい、出来たらゼロにしたいと強く願い、どうしても正しい調整方法を理解 されない一部のユーザーが、本来の方法をマスターされるまでの一時的な補助手段としての、自転車の補助輪のような物 を何とか用意しよう、と思っているこの頃です。

さきほどの説明に戻りますが、まずは、ずれを客観的に検出するのが、調整作業に入る前の段階で重要なことです。右 の像が左の像に対して、どっちの方向にどのくらいずれているのか、ということを確実に知ることが出来なければ、調整 が完璧に行えるわけがありません。ただ漫然と、なんだか光軸が狂っているみたい?と、EMSの調整ノブをいじくり回すの は、道に迷った人が地図上の自分の位置を知らずに歩き回るのと一緒です。

この技(というほどのものではないですが)を習得しているかどうかを、市販の双眼鏡で確認できます。まず目幅を正 確に合わせた双眼鏡を三脚に固定し、目標を視野中心に入れます。それから徐々に眼をアイポイントから離して行き、さ きほどのように、射出瞳の円が一つに見えた段階で、左右の像が円内で同じ相対位置を占めているかどうかを見るのです。  基準内の誤差であっても、微妙なずれが検出できるはずです。 また、それでずれが無ければ、このチェックで初めて、 その双眼鏡が完璧に調整されていることを知ることが出来ます。

繰り返しになりますが、これは“技(わざ)”と言うほどのものではなく、当方にお見えになれば、90%以上の方が十秒 ほどで理解される方法で、一度理解されたら、次からはどんな双眼鏡であっても、その残存の光軸ずれを明確に言い当てる ことが可能になります。

この手法を習得していれば、たまたま遭遇した他人のEMS-BINOの光軸が狂っていたとしても、EMSのX-Y調整ノブをほん の少し回せば、瞬時に完璧な光軸を取り戻せますし、光軸ずれの方向も指摘することが出来ます。それが出来ない方は、 その狂ったEMS-BINOやユーザーを笑う資格はありません。(その方も同じレベルです。^^;)

私の地元の友人は、有名メーカーの大型高級双眼鏡を光軸の再調整のために3度もメーカーに送りましたが、それでも完璧にはなり ませんでした。(プリズムの大きさに余裕がないのも問題のようでした。(光軸がましになると、プリズムが偏って微妙 なケラレが出た))

EMS-BINOには、固定した“光軸”の概念そのものが無いので、市販の高級双眼鏡の光軸精度と同次元で比較議論すること自体 がナンセンスで、それは、天体望遠鏡を知らない方が、固定した倍率の概念を持たない天体望遠鏡に対し、「これは何倍 の天体望遠鏡ですか?」とよく質問するのと同じことです。

天体望遠鏡は、カメラのフランジバックのように、フォーカシングが固定しておらず、高精度なフォーカサーによって フォーカスが調整できるように、EMS-BINOでは、常に完璧な光軸が維持できるようにアジャスタブルになっているわけ です。

従って、EMS-BINOの調整機構を悪用すれば問題が無いとも言えませんが、適正な重心移動を行わないと滑れないし、 危険性もあるスキーについても、「スキーは危険な乗り物だから使用禁止にしよう。」という動きがあり得ないように、 ユーザーアジャストのBINOの存在自体を否定することは間違っているわけです。

EMSの光軸または原理に関する過去の日記;

EMSの種明かし

斜位テスト

EMS-BINOの調整

My friend in heaven

One of my dearest friend passed away on the morning of 17th that happened to be the day of my new EMS housing planned to be casted for the first lot.

She was so amazing that I had never heard of her complaining of her health despite that she has had cancer for as long as ten years.

I have just come home from her funeral carried out by Christian style.

The preach of the minister was,
JOB: 19-25 to 27;
PSALM: 23-1 TO 6.

We sang number 189,LITTLE BROWN CHURCH that she liked to sing.

かけがえのない友を失いました。

彼女が癌をかかえていたことを知ったのはほんの最近なのに、喪主の挨拶から、10年も闘病しておられたことを 知りました。

市民運動の戦友でもあった彼女の知力と行動力は半端でなく、健康上の愚痴など、一度も彼女の口から聞いた ことはありませんでした。大きな仕事をしていた夫を支えながら6人の子供を育て上げた、見事な生き様でした。

わたしが初めて世の中と出会ったとき

いつかこの日が来ることは覚悟していました。 メールが来なくなって久しいので、心配していましたが、 逝く時は黙って逝く方だと予想していた通りでした。 最後まで弱みを見せなかった彼女のやつれた顔は見たく なかったし、彼女も見せたくなかったはず。 結局一度も見舞いに行かず終いでした。

私もメールの返信は早いことで定評がありますが、彼女の作文のスピードは桁外れでした。 こちらがピンポン玉を投げれば野球ボールが返って来て、野球ボールを投げればバスケットボールが返って来ました。

膨大な交換メールが大切な遺品となりました。  以下は、最後頃にいただいたメールです。

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先日はヒョンなことからメールをやりとりすることになり、お馬鹿な話もご紹介して しまいました。

そこで、今日はお口直し。
中目黒教会の友人が送ってくれましたので、彼女の文章を早速おすそ分けです。

KKさんの中目黒教会報への寄稿から。

時折海外の友人から、興味のある文章がインターネットで送られてくる。ユーモア たっぷりの小ばなしもあるし、宗教的、精神的な意味深い文もある。だいたいどの文 の終わりにも、「あなたのお友だちにも、これを送ってね。」と書き加えられてい る。今月ご紹介するお話もその一つである。キリスト教的コメントは何も含まれてい ないが、この話を読んだ私は、欠けたところの多い私をそのまま受け入れて、役立た せてくださる神様の存在を思ったのである。

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ひびが入ったかめ

中国のおばあさんが肩にかけた天秤棒の両端に、一つずつカメをぶら下げて水を運 んでいました。一つのカメは完全無欠で、入れた水全部を運ぶことができましたが、 もう一つのカメにはひびが入っていました。

小川からの長い道のりを家まで歩いてくると、ひびの入ったかめの水は半分に減っ ていました。おばあさんが一杯半の水を運ぶ毎日が二年間続きました。

完全なかめはもちろん自分の功績を自慢しておりました。しかしかわいそうにひび が入ったかめは、自分の不完全さを恥じ、本来なら一杯の水を運ぶために作られたの に、半分しか運べないことを嘆いていました。

苦い失敗と思われた二年の後、ある日このかめは小川のほとりでおばあさんに言い ました。
「わたしは恥ずかしい。わきについたひびのおかげで、家に着くまでに半分も水が 漏れてしまうのですから。」
おばあさんはにっこり笑って言いました。
「お前さんの側の道に沢山の花が咲いているのに気がつかないかい?反対側の道に は花なんか何も咲いていないのに。
わたしはお前さんのひびにはずっと前から気がついていたのだよ。だからお前さん のカメの側の道に花の種を蒔いておいたのさ。毎日帰りの道にお前さんが水をやって いたのだよ。だから二年間テーブルに飾る花が沢山摘めたのさ。
ひび割れの状態のそのままでいてくれたお前さんがいなければ、家の中を優雅に飾 るお花はなかったのさ。」

私たち一人ひとり、それぞれ欠けたところを持っています。でもこの欠けやひびが 一緒になって、私たちの人生を非常に興味深く、価値あるものにしてくれるのです。 私たちは一人ひとりをあるがままの姿で受け入れ、その人たちの長所を見つけなけれ ばいけません。

さて、ひび割れを持つお友達や家族のみなさん、今日もよい日でありますように。 そしてあなたの行く道の傍らに咲く花の香をかぐことを忘れないでね。

この文を誰でも好きな人に送ってください。そしてこれをあなたにお送りしたひび 割れのかめを忘れないでね。

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ステレオタイプ(stereotype)の呪縛 / Spell of the Stereotype

”天体望遠鏡=倒立像”、というのも一つのステレオタイプであって、世間一般的には未だに抜け出せていないもの だと言えますが、この辺までですと、当サイトをご訪問くださる方々はすでに問題意識を持たれて長く、とっくの 昔に脱ぎ捨てられたステレオタイプかと存じます。

しかし、このステレオタイプにも段階があって、さらに上の、またその上の階層でも、それは存在するわけです。 私たちが未だに抜け出し難い、(屈折式の)天体望遠鏡の構造のステレオタイプは、外観から言いますと、筒先 から、対物フード →(中に)対物レンズ(セル&対物側フランジ) → 鏡筒パイプ → (フランジ&)繰 り出し装置(ドローチューブ)→ 接眼アダプター の順に構成されるもので、実際、これから逸脱した市販の天 体望遠鏡は皆無であると言っても過言ではありません。

そして、望遠鏡メーカーには、天体望遠鏡は直視で見るのが基本だという意識が猛烈に強くあって、アイピースと 望遠鏡接眼部との間には、せいぜい天頂プリズム(ミラー)が1個介在するくらいの認識しかありません。 です から、たまに双眼装置等に気を使った、極端にバックフォーカスの長い鏡筒を出したとしても、上記、直視(もし くは天頂プリズム1個)での合焦とを両立させようとするものだから、どうしても極端に長いドローチューブを 一緒に装備してしまうことになるわけです。

そして、その長い管路(ドローチューブ)の末端に、これまた長い同等管路を持つ双眼装置やEMSを装着して、 ドローチューブをうんと繰り入れて使用していたわけです。

合焦しない場合は、やむなく鏡筒のカット等を行って長い総管路のフルシステムをさらに対物側に繰り入れ、鏡筒カットを 免れて合焦する場合も上記のジレンマを背負うわけです。(特に小口径の鏡筒では、ドローチューブの後端が対物レンズ後面 に当たりそうになることも珍しくありません。 ドローチューブもカットすれば状況は緩和しますが、往々にして 内径が細い物が多いので、抜本的な解決に至らないのが普通です。)

望遠鏡メーカーが、“直視(もしくは天頂ミラー1個)での合焦”の呪縛から解き放たれない限り、EMSの都合と 市販鏡筒が完璧に折り合うことは今後もあり得ない、ということに気付くのに、あまりに長い年月を要しましたが、 ようやく最近になって、そのことを明確に認識できるようになりました。 つまり、私自身も、『望遠鏡パーツは、ドローチューブ末端のアダプターに挿入するもの』というステレオタイプ の呪縛に縛られていた、というわけです。

長いドローチューブの末端に、さらに長い光路長の光学アタッチメントを装着することの矛盾は、単に光学的な側 面ばかりではありません。視度補正や、規格が統一されていないアイピースのピント位置のばらつき《これはアジ ャストリング等の外部的な工夫で克服できる》を補償するためだけに、ドローチューブ+光学アタッチメント+重 量級アイピース、という巨大な総質量を大掛かりな手段で以って常に動かし続ける、という、力学的な矛盾でもあ るのです。

上記ステレオタイプから開放された先に、どんな正解が待っているかと言いますと、それは、『メインフォーカ サー(+長いドローチューブ)を撤去した鏡筒、またはフランジにEMSの第一(望遠鏡側)ユニットを直結する。』 ということです。
(もちろん、今度は余るバックフォーカスに相当した延長管を要する場合もありますが、市販鏡筒の現状からする と、それは不要か、せいぜい極短い物でしょう。 特に小口径の場合は、重量構成比が大きいメインフォーカサー の撤去は、軽量化という極めて大きな副産物ももたらしてくれます。また、今までEMS-BINOの素材として 却下して来た、繰り出し装置の先にレンズ後群が配置されたphoto-visualタイプの鏡筒も 射程に入ることになります。)

ただし、それを美しい形で実現するには、いくつかの課題をクリヤーする必要があります。当サイトを注意深く 見てくださっていた方は、私がそれらの一つ一つを克服して行った過程を思い出してくださっていることと思い ます。

まず、メインフォーカサーを撤去するわけですから、別の設置箇所を決めて、代替フォーカサーを設置しないとい けません。先述の趣旨からして、設置箇所は当然アイピースのごく近傍になるわけですが、2インチサイズのアイ ピースを使用する前提に於いて、58㎜くらいの目幅制限を満たすための外径制限があるので、low-profileの要求 と相俟って、これだけでも十分、計画を断念するに足るハードルがあったわけです。

曲折を経て、最小目幅の障害にならないアイフォーカサーの基礎的な実験に成功したことは、すでにここで発表し ています。

次に、フォーカサーをアイピースの根元に移動したことで、第一ミラーユニットを少し大きくする必要が生じま す。 これは単に光学的な要求ばかりではなく、鏡筒→フランジ→EMSの第一ユニットに至るアウトラインが極力 段差なく美しい流線型となって繋がるためにも、十分な大きさ(開口径)の第一ミラーユニットを準備することの 意義は大きいのです。

これは、現状でも口径12cmクラスくらいから窮屈だったEMSの第一ミラーハウジングを、いよいよ大きくす るための機が熟したということです。

目下、20年来の懸案だった新型の大型ミラーハウジングを、満を持して開発中であり、それが完成すると、 EMSがこれまでの諸々のジレンマから開放され、いよいよ次のステージに向けて大きく進化するわけです。

数ヶ月以内には、ここで重大発表をさせていただくことになるでしょう。

 


 

2009年5月25日

MOROHA NO TSURUGI (両刃の剣)

“MOROHA” maeans “double-edged” in Japanese, and “NO” is for “of” , and “TSURUGI” is for “sword”. The order of the words is reversed in Japanese. So, the title means ” DOUBLE-EDGED SWORD”. Japanese use the term expressing contradictive resort that can bring us both the blessing and curse.

A video of EMS-BINO was submitted to “YOU TUBE” by an Italian user. I firstly welcomed the fact that the VIDEO of my EMS-BINO is being released to all over the world, and put the link on top of my website. But, stop to think of it, I thougt at the same time of the concern of MOROHA NO TSURUGI both in the field and in its contents itself. I know that there is no harm meant by the submitter, but he treats my EMS-BINO as if it were of the same level of product as the commercial binoculars. So, I withdrew the link of it on the top of my website.

イタリアのユーザーが”YOU TUBE”にEMS-BINOの動画を投稿してくれたので、一時トップページに リンクを貼ったものの、国内のユーザーの方のアドバイスもあり、また自分自身の危惧もあったので、取り下げました。 常に新鮮な情報を発信し続けるのには莫大な時間とエネルギーを費やすのですが、一方で情報発信は 両刃の剣の側面を持ち、何ともやっかいなものです。

投稿者には悪意はなく、業者さんでもあるので、市販の大型双眼鏡も売らないと経営が成り立たない 事情も分かりますが、撮りかたから、氏の本音の価値観が自ずと読み取れます。 ここはおおらかに受け止めるのも一つの選択肢 ではあると思いますが、好意的な第三者の目にも違和感があったということは、やはり”blessing”を抑えこむ”curse” の部分が無視できないのだろうと判断しました。また、すぐ隣にこんなふざけた投稿が並んでいるような”YOU TUBE” という玉石混交のメディア自体についても慎重になる必要があるようです。

EMSを扱いながら、横に裏像の天頂ミラーを並べる販売店も、営業のために仕方なくという雰囲気ではなく、 積極的に裏像の天頂ミラーを推販していることに矛盾を見ますが、今後どの辺で線を引くのか、 難しい判断を迫られることが多くなると思っています。