SWAROVSKI X95-BINO

これが初めてのEMS双眼望遠鏡になります。まず、このBINOは10cmクラスの対空双眼鏡 と同列に扱うことのできる機材だと思います。10cmクラスの対空双眼鏡はコンパクトながら 星団・星雲を見るのに必要充分な光学性能を備えた私にとって理想的な機材で、これまで 「笠井トレーディングのSUPER-BINO100RA」「宮内Bj-100RB」「ハイランダープロミナー」 「宮内Bj100-RBF」と使ってきました。しかしどれも満足するには至らなかったため、松本 さんにこの機材の製作を依頼することにしました。届いてみて驚いたのはその大きさと軽さ です。大きさは対空双眼鏡の中でもひときわ小型の宮内Bj-100RBFと同等で、重量はさらに 1kg軽い4.8kgという軽さです。その無駄のないコンパクトな造りに驚かされました。

肝心の光学性能については、その像のシャープさやコントラストの高さ、色彩の鮮やか さには驚かされるものの、それ以上に気になるのは歪曲収差です。
これは既にX95-BINOを所有されている方々の情報から事前に分かっていたことですが、  このBINOはフィールドスコープの対物ユニットだけを取り出し、そこにEMSと天体用アイピースを  組み合わせているので、収差の如何はアイピースによって変わります(この時の使用アイピースは  パンオプティック-24mmとタイプ6-13mmでした)。
天体用ならば少々の歪みも気にならないのですが、  どうせなら昼間の景色でも既存の対空双眼鏡を超えた像を期待したいところです(特に最高性能を誇る ハイランダー以上の性能)。
昼間の景色を対象に、テレビューアイピース以外に下記のア イピースを試してみました(焦点距離は17~20mmを基準に選定)。

・ペンタックスのXW-20mm
・笠井トレーディングのEF-19mm
・国際光器のPHOTON-18mm
・ライカズーム(8.9-17.8mm)
・ハイペリオン-17mm
結論からいえば、昼間の景色でハイランダーと同等以上に整った像を結んでくれるの は「PHOTON-18mm」「ライカズーム」「ハイペリオン-17mm」の3つでした。
最も透明感のある 像はレンズ構成枚数の少ないPHOTONで、色彩も鮮やかです。見掛け視界が狭いこともあるで しょうが、像全体に締まりがあり満足度の高い像を結んでくれます。ただ、昼間に使用する と被写界深度が浅いので、景色全体にはピントが合いません。
「ライカズーム」はさすがに ズームにありがちな暗さを感じますが、像は非常にシャープです。ライカらしい「きめ細か なシャープさ」といった感じで、コントラストも悪くはありません。色彩は少し弱く感じま すが、全体としてはズームらしからぬ魅力的な像を結んでくれます。
ハイペリオンは少し像 が暗いながらも各収差が最も抑えられ「落ち着いた像」という印象ですが、見掛け視界が一番 広い68°なので視界そのものが気持いいといった感じです。昼間の使用なら見掛け視界の広 さと覗きやすさから、ハイペリオン-17mmが個人的には一番好みでした。

厳密には対空双眼鏡で最高レベルの光学性能を誇るハイランダーと細かく比較すれば、 これらのアイピースの結ぶ像が「全てにおいて優っている」というわけではないと思いますが、 私にとってはコントラストの高さ・色彩の鮮やかさ・遠近感などの点から「理想の機材」と思うに 充分な見え味です。
あと残ったアイピースで歪曲収差がよく抑えられている順番として「EF-19mm> XW-20mm」となります。EF-19mmについては抜けの良さ・シャープさなどが上記のうちで一番優れてお り、像もこれらに次ぐほど整っているのですが、日差しの強い時に使うと周辺に強い青滲みがでるこ とがあるので「条件付き」といったところです。ただ、白いものを最も白く見せてくれたのはこ のEF-19mmで、これと比較すると他のアイピースには全て黄色の色付きがあることに気付かされます (テレビュー製品でさえ僅かな色付きを感じる)。気になってタカハシのアッベオルソも比較して みましたが、色付きのなさはオルソとEF-19mmで同じでした。

自宅からではそれほど星が見えないので、天体用アイピースの比較は主に「夜景」を対象とし ました。これは歪曲収差の有無の比較ではないので私の主観的な判断的となってしまうのですが、 よく見えるアイピースの筆頭は「パンオプティック-24mmとEF-19mm」でした。
テレビューのアイピー スがよく見えるのは当然なのですが、松本さんお薦めのEF-19mmが大健闘です。夜景などを対象に パンオプティック-24mmと比較してもヒケをとりません。これと比べれば、鏡筒によってはペンタッ クスのXW-20mmですら、その像を僅かに眠たく感じてしまうほどです。それでいてテレビューの アイピースより歪曲収差がよく抑えられています。ただ透明感には優れますが、コントラストはそ れほど高いわけではないので、あくまで「自然な像」を得られるという意味でいいアイピース です。本来なら先にX-95BINOを購入された方々がテレビューのタイプ5-16mmを使用されているので、 比較をして決めたいところなのですが、EF-19mmが気に入ってしまったのでとりあえず天体用はこれ に決まりです。

ここで補足として、EWV-32mmにも触れさせて頂きます。このアイピースについては透明感・ 抜けの良さで定評がありますが、X95-BINOに使っても同じくひときわ飛び抜けた透明感のある素晴らしい 像になります。問題の歪曲収差についても、確かに相応に像は歪んでいるものの、低倍率のためかあまり 気になりません。
これで気付いたのですが、歪曲収差の問題は歪んでいること自体よりも、歪んだ状態で の視野の移動にストレスを感じるのだと思います。視野を移動する時に倍率が高い方が視野内での歪みの 変化が大きくなるわけで、私の場合はEWV-32mmくらいの低倍率ではそれほど気にならず、パンオプティ ック-24mmの倍率では気になるといった感じでした。EWV-32mmはそのままではバレルが長過ぎて合焦しない ので、松本さんにお願いして真鍮製のショートバレルに変更しています。面倒ではありますが、この アイピースをX95-BINOに使う事にはそれだけの価値は確かにあると思います。

遠征にはEF-19mmを持参しました。さすがによく見えるBINOです。これで見たアンドロメダ 銀河は圧巻で、これまで見たどの望遠鏡よりもコントラストの素晴らしい像です。
望遠鏡は口径 以前にコントラストが重要だということを実感させられました。球状星団も「その存在が分かる」 という程度ではなく、粒々感を感じられ見応えがあります。普通、10cmクラスの大型双眼鏡という のは、それが「10cmクラスの見え方でしかない」ことを前提として、その像に満足できるものです。 しかしこの機材ではそうしたことを忘れてしまうほどです。「この前よりあんまり見えないな…」 の対象が30cmドブだったりするのです。スワロビジョン光学系の素晴らしさを再認識すると共に、 これが自分にとっての理想の機材だということが確信できました。
もちろん比較対象を「対空双眼鏡」 ではなく「双眼望遠鏡」とし、3枚玉の高性能アポクロマートと並べて考えれば、X-95BINOが勝てない要素 は多いと思います(高倍率時の光学性能など)。しかしこうしたコンパクトBINOが真価を発揮するのは、 やはり「お気楽星団・星雲観望」であり、低倍率から中倍率が主体となります。そうした意味では初めから そこを目的に開発されたフィールドスコープにも相応の分があるわけで、そこにスワロフスキーの技術が詰 め込まれていることも思えば、このBINOには他にはない独自の魅力があるのだと思います。

このコンパクトな BINO を収納するケースにはペリカンの1500サイズを使っています(収納には2イ ンチスリーブを取り外す必要がありますがこれは鏡筒の下に収納できます)。ペリカンの1500サイズは モノさえ選べば更に「機内持ち込み可」のキャリーバッグに収納できるので、移動の際には便利なサイズ です。ペリカンのケースを更にキャリーバッグに入れ、二重に保護することで、仮に空港に預ける時でも 心配がなくなります。やはりこうした小型機材は機動性が重要だと思うので、持ち運びしやすいサイズと大 きさは有り難いところです。

最後に、私にとって X-95BINO は「理想的な10cmクラスの対空双眼鏡(双眼望遠鏡)」 となりました。天文という趣味の中で「理想の機材」に出会えるということ自体、幸運だと思いますので、 この機材を実現して下さった松本さんに本当に感謝しています。

東京都 米田

筆者のサイト 日月星辰

管理者のコメント;

米田さんには、去年、BORG125SD-BINOをご依頼いただいてずっとお待たせしているのですが、 その仕上がりを待たずにSWAROVSKI-X95-BINOを先にご注文いただきました。(実はこのパターンが多い。^^;)

双眼鏡機材のご遍歴にも表れていますが、米田さんは単なる機材マニアではなく、豊富なご経験と非常に鋭い識別眼を お持ちで、市販の天体望遠鏡用アイピースの詳細的確なご検証には、驚くばかりです。

私は(製作中納品前に)店内でガラス越しに近くの風景をちらっと見た程度で、スポッティングスコープ とは思えないヌケの良さに驚くばかりで、視野の歪曲等には全く気付かなかったのですが、リポートを 読ませていただき、感心しきりです。

去年、最初のSWAROVSKI-X95-BINOの依頼を受けた時は、まさしく”新たな無理難題”でした。 EMS-ULはもとより、EMS-UM(/US)でもバックフォーカスが足りません。どこで光路長を節約するか? 対物ユニット接続側とアイピースのアダプター側の光路長を極限まで詰めることで、かろうじて実現したBINOでした。

純正のプリズムユニットでは、ガラス中の実質の光路長が幾何学的な実長の”1/屈折率 ”になるという好都合な 現象に助けられるわけですが、ミラーの場合は幾何学的な経路がそのまま光路長になるので、光路長を所定の 範囲に納めるのは、たとえ反射回数を4回(シュミットプリズム)から2回(EMS)に激減させても至難なことなのです。 どうしたかは、EMS自体の工夫の延長ですが、構成ミラーのエッジを 接続部の空きスペースに絶妙に侵入させることの集積で解決しています。文章では分かり難いかも分かりませんが、分解して みれば分かります。(両サイドにミラー先端が突出しているので、分解時の取り扱いには細心の注意が必要です。)

製作者の視点から、このBINOの魅力(存在意義)を付け加えさせていただきますと、(当たり前ながら)まずは筆頭に、 90度対空だということです。 天体用では90度対空の45度対空に対する優位性が圧倒的であることは、私だけでなく、多くのマニア が証言しています。 次に完全気密構造のスポッティングスコープとEMSという構成要素のメリットです。 対物ユニットは完全インナーフォーカスで、天体望遠鏡の繰り出し装置のように伸びたり縮んだり、重心が移動したりしません。 これは当たり前のことですが、天体望遠鏡にばかり触れて来た私にとっては、新鮮な驚きがありました。それと、接眼部の 自由度が高いEMSとの合体です。際どいバックフォーカスながらも、かなりの種類のアイピースの選択肢が持てたのも、そのお陰です。  今後開発されるアイピースも含めると、さらなる成長(改善)の余地を残したBINOシステムであると言えます。

大変綺麗な写真を3枚ご提供いただきました。ただ、SWAROの対物ユニット本体の色調がほぼグレーに 見えていますが、実際はオリーブドラブで、もっとグリーンがかった色です。 EMSは黒をご指定で、この機会に一定数の黒ハウジングを確保しました。 実は、今回の黒塗装は 満足が行く仕上がりにならなかったのですが、時間的にもコスト的にも後戻りが出来ず、そのまま納品させていただきました。^^; 塗装について、不問にしてくださったことに感謝しています。^^;(黒は難しいですね。光沢仕上げではなく、半艶を指定すべきでした。 鋳物(ダイカスト)の微細なホールが目立ってしまいました。猛省して次回以降のロットで改善します。)

米田さん、この度は同BINOとのマッチングの良いアイピースを詳細にご検討くださって、本当にありがとうございました。 すでにSWARO-X95-BINOのユーザーになっている方々はもとより、これから検討をされる方々にも非常に有益なデータをご提供いただいたと 思います。 まだ納品させていただいて日が浅いので、またじっくりと秋冬の天体を観察された印象がいただけましたら幸いです。

(SWARO-X95-BINOは海外(米国)にも2台納品していますが、CLOUDY NIGHTS TELESCOPE REVIEWS でも 話題が盛り上がっています(1P~5Pまであり)。)