TOA130-BINO

Mr. Jiro Inoue

 火星大接近に向けて…という訳だけではないのですが、2年半近く使用 してきたシュワルツ150F8Binoの鏡筒を変更してしまいました。今もっとも 旬の鏡筒、高橋TOA130Sです。なんとかファーストライトまでこぎつけまし たので報告させていただきます。

 鏡筒は2月末に注文しましたが、思いのほか早く4月中旬には納品されま した。しかし逆に早過ぎて架台の構想を練る時間がなかったため、とりあ えずシュワルツ150F8Binoの架台に最小限の改造を加えて乗り切ることに しました。基本的な構造は以前作成したTV85双眼と同じで、鏡筒は1本づつ 取り外しを可能にしています。TV85双眼との差異としては、左右を連結する プレートを省略し、リニアシャフトで連結してその上に鏡筒保持部を構築 している点です。もちろん、鏡筒重量を考えて、各部分をサイズアップし ています。このせいで全体ではかなりの重量増になっていますが、もとも と鏡筒が重量級なため、この点は現時点ではやむなし、として眼をつむっ ています。

 ようやく天文雑誌にもリポートが載りはじめたTOA130ですが、その光学 性能は素晴らしいの一言に尽きます。低倍率での抜けの良さ、中倍率での 細部の分解力、高倍率でのシャープネスとコントラスト、全域を通しての 着色のないニュートラルな視界と豊かな色彩…。木星ではEZ内の濃淡や 高緯度の縞も容易に判別可能で、NB、SBのうねりなどは細部まで良く見え ます。333倍まで倍率を上げても像は崩れる兆候すら感じさせません。実に 色彩豊かでシャープな像です。恒星も色鮮やかです。200倍で見たアンタ レスは、燃えるような赤色の主星と僅かにグリーンがかったブルーの伴星 との色彩のコントラストが鮮やかで、しばしみとれるほどでした。71倍で 月齢9の月の全景を見ても、背景への光の拡散は一切なく、迷光対策が万全 であることが分かります。また、エッジ部での色収差も全く見えません。 倍率を200倍に上げても印象は変わらず、たんにシャープなだけでなく、 中間トーンが豊かで美しい像を見せてくれます。双眼による立体感・コン トラスト検出能力の向上とあわせて、38万km彼方の地形を見ているとは 思えないリアル感が味わえます。今のところ透明度に恵まれておらず、 最大の楽しみであった「天の川下り」はおあずけになっていますが、これ も大いに期待できそうです。

 鏡筒最大幅は約180mmですが、初期型シュワルツ150F8Binoは最大幅190 mmに対応した大型EMSが採用されていましたので、鏡筒バンド(あの高橋の 立派なヤツです)さえ左右の鏡筒で互い違いに組めばEMSも無改造で流用 可能でした。問題になるかと思われたフォーカスですが、延長筒類を全て 撤去すれば実に270mm以上もの筒外焦点が取れるというありがたい設計に 救われ、今回は切断もなしで済みました。

 架台は上記の通り松本さん製作の大型フォークをそのまま使用していま す。2年以上大したメンテナンスもせず使っていますが、初期のスムース ネスを維持しており、大変快適です。TOA130双眼では今までよりもずいぶん と重量を背負うことになってしまいましたが、それでもなおスムースに動い てくれています。333倍/見掛け視界50°という、フリーストップ経緯台では 通常使おうと思わない倍率・視野まで試しましたが、視野の狭さからくる 煩わしさは拭えないものの、動きそのものにストレスを感じることはあり ませんでした。今まで屈折用のフリーストップ架台でこれ以上のスムース さを有するものはお目にかかっておりません。

 また、今回の架台部の改造では、操作ハンドル兼ウェイトシャフトと してSUSのシャフトを組み、ここに真鍮の可動式ウェイトを通しました。 一応、アイピース交換に伴うバランス変動に対応させるための装備だった のですが、シャフトの取り付け位置が悪かったため、操作性に難を残して います。これは今後の課題です。

 自作となった平行移動台座部もなんとかものになっております。ただ、 目幅調整用のラック&ピニオンのノブの位置が手元からかなり遠くになっ てしまい、覗きながらの目幅調整が難しくなってしまっています。ノブ部 に延長シャフトを加えるなどの改造が必要そうです。

 …と、まあとりあえず動いた、という段階であり、完成度はまだまだ ですが、まずは実用に耐え得るシステムになりそうです。Wenglerさんの StarFire7inch-Binoや服部さんのBigBinoには遠く及びませんが、私自身 が作成・所有できる屈折双眼望遠鏡としては、ドライブシステムの搭載 といったベクトルでの進化の道は残っているものの、光学系的にはこれで 打ち止めかな、という安堵感(?)を感じております (またまたローンでの購入、双眼望遠鏡貧乏一直線で安堵している場合 ではないのですが)。

 もともとの鏡筒重量が重たいこともあり、気軽に使えるシステムでは なくなってしまっていますが、それでもなお移動可能な範疇には納まって おり、さまざまな空の下で素晴らしい宇宙を見せてくれそうです。

謝辞:

 本双眼の作成にあたっては、遊馬製作所・遊馬弘さんに部品加工の大半 を行っていただきました。私の拙い構想と落書きのような寸法図にも関ら ず、鏡筒納品から1月弱でここまでこれたのはひとえに遊馬さんのお力に よるものです。この場を借りてお礼を申し上げます。
                     Jiro Inoue

Comment by Matsumoto/ 管理者のコメント;

  実は、TOA130-BINOは外国の方が検討していたのですが、井上さんがあっさりと先に実現してしまいました。 同鏡筒は、極めて斬新、高級な設計に基づく3枚玉のアポクロマートで、その収差曲線(というより直線)に仰天したものですが、 実際の見え味も理論値を裏切らない素晴らしいもののようですね。

  TeleVue85-BINOに続き、見事な快挙です。少なくとも光学的な性能では究極に至ったようですね。  複数の優秀な望遠鏡と複数の観察者による同時的な比較結果もお知らせいただき、この双眼望遠鏡の並はずれた能力を証明していますが、  他の望遠鏡に支障が出るほどの結果なので、そのままお伝えできないのが残念です。 今年の双眼鏡・望遠鏡サミットに参加 される予定なので、そこで現物をご覧になればその凄さを実感できるでしょう。

 このTOA130-BINOもTeleVue85-BINOと同じく、鏡筒平行 移動方式にされました。 ただ、元の架台の特徴を活かされたのか、ベースプレートを省いてシンプルな構造を実現しておられます。
  まさに「藍より出て藍より青し」の諺通り、井上さんの工業デザイン的なセンスにはいつも脱帽させられます。去年の望遠鏡サミットで 一緒させていただきましたが、同じ架台に載っていたSCHWARZ-F8-BINO(初期仕様)のロッド式focuserをクレイフォード式に改造 しておられたのにも非常に感心しました。またその時TeleVue85-BINOも見せていただきましたが、作りや見え味が素晴らしいだけでなく、 光軸が完璧に調整されていたのも印象に残っています。

 さて、今回は時間的なご都合もあって旧架台を利用してくださったものと思います。落ち着かれましたら、トータル的に さらなる進化に挑戦されるのではないでしょうか。 平行移動方式は眼幅を変えてもピントが変化しないメリットがありますが、丁度今回の サイズ的(重量的)な規模が、平行移動式か、鏡筒固定のヘリコイド調整式かを判断する分岐点になるようです。 より軽量、シンプルにするには、 後者の方法が有利かも分かりませんね。

 遊馬さん、機械加工ご苦労様でした。お見事です。遊馬さんは最近独立されるまで、ずっと望遠鏡販売店に勤務しておられたので、 関東方面の方はご存知の方も多いと思います。
 遊馬さんはEMSが出て間もない頃(初期のEMS-1の頃)からその意義を見抜き、並でない思い入れで EMSを応援し続けてくれた方です。
 当時は、業界はもとより、大半のマニアが「EMS=海の物とも山の物とも分からない?」という感じで遠巻きにしていた頃です。 販売店勤務の立場上、私のEMSを応援するために相当な逆風も浴びられたことを察しています。遊馬氏私用の MTTを勤め先の販売店に置いておられたら、上司より持ち帰るように言われた事等を思い出します。

  さて、このコーナーにも次々に画期的なBINOが登場するようになりましたが、一番最初、EMS-1を装着した小型の屈折鏡筒2本を 別々のカメラ三脚に載せ、平行を出して臨時の双眼を構成し、地上を試験的に覗いて見たのを思い出すと感慨無量です。
  老婆心ながら、この時期での皆さんへのお願いは、究極に近いBINOが登場しても、引かないでいただきたいということです。 どなたも究極の機材には一朝一夕に到達していません。先を越されたとか思うのではなく、自分自身の今のニーズと環境に合った 物を手に入れてください。後から来た方には、またそれなりの拾い物や、新しい発見があるものですから。