Earthquake in Central Tottori Pref. / 今日の地震
ご心配くださってありがとうございます。
幸い、当方では(人的、物的)被害は皆無でした。 ご心配のメール等、本当にありがとうございました。
揺れのほぼ最中に高齢な男性の来客(後で元大学教授と判明^^;)があり、対応に追われました。揺れが収まりかけた頃に、その方が杖を突いて自動ドアの前に立っておられたので、店内に導きましたが、相当な揺れだったにもかかわらず、地震には全く気付いておられませんでした。^^; そのままお帰りいただくわけにも行かず、(TVのニュースで震源が県中部だったこともあり、)ご希望通り、検眼をさせていただきました。
The large pendulum clock in our garage stopped just in time of the earthquake.
夕方、駐車場のシャッターを閉めに行ったところ、壁に掛けていた振り子時計が地震の時刻で止まっていました。
陳列物の落下もありませんでしたが、余震や本震にしばらく警戒しないといけないようです。
取り急ぎ、無事のご報告とお見舞いのお礼まで。
Две жизни Ясобуро Хачия” Фестиваль Радонеж 2015 / 蜂谷弥三郎さんとクラウディアさんのドキュメント
Я хотел бы поделиться документальный фильм о Клавдии и Ясабуро, с российскими посетителями этого сайта.
I would like to share the documentary about Craudia and Yasaburo, with Russian visitors of this site.
ロシアで制作放映された、蜂谷弥三郎さんとクラウディアさんのドキュメンタリー(ロシア語)がyoutubeにUPされていることを(友人より)知りましたので、主に(最近急増した)ロシアの訪問者の方々のためにリンクを掲載させていただきたいと思います。すでに当事者3人共天国に召されましたが、久しぶりに感慨に浸りました。
(クラウディアさんのことは、2003年11月19日の日記にも記載しています。)
最愛の日本人の夫に、50年以上も独身を貫いて一人娘を育てて待ち続けていた日本人の妻がいたことを知ったクラウディアは断腸の決断をします。
「他人の不幸の上に自分の幸せは築けない。弥三郎にとって大切な人は、私にとっても大切な人。私は夫との37年間の想い出で生きて行ける。」
心臓を患っていた蜂谷さんの日本の奥さん(久子さん)は、蜂谷さんと10年ほど暮らした後の2007年に蜂谷さんの胸の中で息を引き取りました。クラウディアさんはその7年後の2014年に亡くなられています。
蜂谷さんは晩年、認知症を患われていました。通っておられたデイサービスセンターの介護士に、たまたま当店のお客さんがいたため、それを知りました。私はその方に蜂谷さん宛ての手紙を託しましたが、蜂谷さんは無反応だったそうで、返事はもらえませんでした。もっと早くコンタクトを取らなかった自分を大変後悔しました。
クラウディアさんの胸の底は想像の域を出ないわけですが、互いの病気や老いの末路を予測され、彼女が下した英断は、ある意味、功を奏したのかも知れないと、ふと思うことがあります。 37年間の、夫との甘美な想い出をスポイルしないための潔い英断だったのではないか、とも思えるのです。
蜂谷さんは、二人の妻の最後を見届けた後、2015年6月10日に96年の生涯を閉じられました。
Local Armwrestling Tournament / アームレスリング大会(於パレットとっとり)
(試合後にエキスパートクラス(右腕)の優勝者の Yamaguchi さん(左)と記念写真を撮らせていてだきました。対戦はしていません(雲の上の人です^^;)。レフェリー役は師匠の Nishikawa さん。)
Local armwestling tournament, open category, was held last night in Tottori City. Most of the competitiors seemed to be near local, but several experts came all the way from Sakaiminato City,far west of Tottori Prefecture.(Tottori-City is located far east.)
I entered in the Beginner’s Section, but “Beginner” really didn’t mean a beginner to the letter. Most of them were actually advanced persons and very strong. I could only get two wins, each one win on right and left respectively, on the consolation match. I was a bit dissapointed with the result, but at the same time I told myself it was a small one step of my Armwrestling carrier.
Not only they were so strong but also they were so nice. There was a common value of a kind of “Investigator” in all of us, and found all of us are very serious in improving ourselves.
参加者は約40名くらいがエキスパートクラス(約10名)とビギナーズクラス(約30名)(両クラス共体重無差別級)に分かれて闘ったわけですが、ビギナーといっても文字通りの意味ではなく、予想通り、ほとんど皆かなりの経験者であり、アドバンスドと呼ぶべきランクの人たちで、その強いこと、強いこと。^^; トーナメント構成の不運(左右共、初戦の相手が結果的に優勝者)もあって、本戦は期待に反して左右とも初戦敗退、敗者復活戦の初戦で左右を1勝ずつ出来たに留まりました。^^; 何とも無念で屈辱的な結果となりましたが、まあ、大会での初の1勝を左右共勝ち得たということで、最初の小さい一歩を踏み出したのだと、自分に言い聞かせています。
県下の主立ったアームレスラーの方々と交流でき、自分の顔を覚えていただいたということで、これも大きな最初の一歩だと思っています。境港市からわざわざ参加してくれたエキスパートの方々の中に、事前にブログだけを拝見していた方(コアさん)と知り合えたのも大きな収穫でした。 コアさんはブログから、文章がうまい方だと思っていましたが、最近ブログにUPされた子猫ちゃん騒動でも分かるように、実に心が優しく、気配りの効く素敵な方でした。
アームレスラーというと、ネット上では、その雰囲気からか(門外漢からは)粗野で乱暴なイメージを持たれている節が否定できませんが、実際には、皆真剣に自分を磨いている、いわば真摯な求道者である、ということがこの世界の門をくぐってみると分かります。 予想通り、私が出場者の中で断トツの最高齢者(64)(次の年長者でも49歳^^;)でしたが、求道者は、年齢も職業も何も関係なく、共通の価値観での一体感が持てることが分かりました。
Armwrestling 160928
It was a kind of culture shock to find some advanced armwrestlers with less mustle were so strong. There seems to be special knacks and the specilal direction of the power to be trained. I am watching through many videos in the Internet to study the essence of armwerstlings. It is very fun.
どの競技でもそうですが、初心者は経験者にはかないません。アームはそれが特に極端です。 体格で自分に勝る相手に負けるのは納得行くのですが、外見では到底納得が行かない結果を見るのが、 アームの不思議であり、また、(一般には)未知の理論が隠れている部分で、ある種の醍醐味でもあるわけです。 自分のポテンシャルを信じて、しばらくこれに没頭することになりそうです。^^;
…Was blind, but now I see.
EMS-BINOを注文される方には、超マニアから初心者を標榜される方まで、キャリアの幅は広範囲に渡りますが、意外にも、納品に当たって当方の意思との何らかの齟齬を生じる確率は、圧倒的に古参マニアの方に多いようです。 それはなぜか?ということですが、やはり、マニアの方それぞれのご経験から来る、先入観や思い込みの強さにその根っこがあるように思えてなりません。
Hand and arm support(Parallel bars) 平行棒の手支持と腕支持振動
Let me extend my biggest appload to Mr. Kohei Uchimura who won both of the gold medals for individual and for the team.
As I was once a gymnast, I would be often asked about gymnastics. Today, I will explain the two kinds of swings of the paralles bars. One is hand support swing, and the other arm support swing. Both are rather difficult for the beginners , but I can say the arm support swing is more painful for the beginers.
今朝は、リオ五輪で個人総合と団体の両方で金メダルを掴んだ内村航平選手が列島を興奮のルツボにしたようです。
体操の経験があることから、こうした話題がある時には、よく知人から体操競技のことを尋ねられます。 その中からごく一部をご紹介したいと思います。
床や跳馬を除くと、スウィング(振り)というのが体操競技では極めて重要な基本であり、(現在はどうか知りませんが)私がやっていた頃(50年前^^;)は、大方どこの学校の体操部であっても、新入部員は最初は嫌というほどスウィングばかり延々とやらされたはずです。 そして、資質に恵まれた者が多く集まっているはずにもかかわらず、新入部員は悲惨なほどスウィングが出来ないものなのです。 まして、一般人はただ支持するだけでも苦痛なもので、体操競技を観る方には、その大変さを一度でも体験しておいていただくと、より正当な感動を得られるのに・・といつも思うわけです。^^;
平行棒のスウィングには腕支持と手支持の二種類あります。 手支持の振動は、初心者は前振りの恐怖心が強く、最初は大きく脇を開けることができず、手前にだけ振って、前後の振りが非対称になり勝ちです。 しかし、身体的に強烈なカルチャーショックを受けるのは、圧倒的に腕支持振動の方でしょう。
私の頃は、スポーツ全般に、根性!根性!と、精神主義が闊歩していた時代。 ひたすら延々と腕支持振動の練習をやらされました。 私はバック転も車輪もできないズブの素人で高校から体操を始めたので、早く追い付きたくて、上級生の指導に徹頭徹尾従っていました。 平行棒は棒上で手を放して再び持つ技が多く、向う脛をバーにしたたか打つのは日常でしたが、何と言っても辛かったのは、最初の腕支持振動の練習でした。 まだ上腕三頭筋が発達しておらず、バーは容赦なく上腕骨に食い込み、広背筋も不十分で腕で体重を支え続けながら体を振動させるのは、一種の”業”でありました。 最後には上腕の内側の皮膚が剥け、出血が始まります。 すると、先輩に、「バーに血が付くから、傷口に炭マ(炭酸マグネシウム)を摺り込んどけえ!」と一喝され、すぐにそのようにしました。今から思えば、実に非科学的な指導なわけですが、体操競技が、基礎的な運動でさえ、いかに至難なものであるかをお伝えしたく、私の経験をお話した次第です。
実績のない体操部でしたので、ウレタンマットを買ってもらえたのは、私が高三の時に一人、他校のチームに合流して鳥取県チームとして国体に出場した後(引退後)でした。 (それまでは、大技は文字通りいつも命がけの気持ちで練習したものです。)
Knack of understanding of my website / 当サイトの見方
The point is, Do not try to exploit only the narrow sensed direct answer to your question, but try to understand the fundamental theory by chronologically investigating all the related articles in my website. The keyword search in my website will help you quite a lot.
Here is a good example. Assume that you want the answer of “540/12”, but it will be nothing that you only get the answer of “45”.
In such a stance, you will have to look up the answer when you come accross another question of “637/49”, and such repetition will follow.
To acquire the mechanism of division is more important and useful, and if it seems to be difficult even reviewing addition and subtraction would work quite a lot. Never leave anytying ambiguous. Even though it sounds bothresome, we will be happier to reach the clear understandings of the fundamental principle.
「ピンポイントの答を探すのではなく、関連事項を時系列に検索、精読いただくことで、根本的な理解を目指していただきたい。」ということです。
たとえば、当面 637÷49の答が欲しかったとしても、13という答だけを探すのではなく、割り算の原理を理解してください、ということです。
そして、割り算がよく分からなければ、足し算や引き算に戻って復習する姿勢を持っていただきたいということです。 最初は面倒くさいかも分かりませんが、それが結局は真の理解に至る近道であり、根本が理解できた 方が、何倍も楽しいですよ。
PARADOX / パラドックス
My motto is “Truth is paradoxical.”.
The theory that seemed to be perfect often proved to be wrong afterward, and that seemed to be suspicious often proves to be true in the end.
The common sense is not always true, or often times in the wrong.
For example, it is true that the lack of calcium will make our bone weaker, but taking excessive calcium will not necessarily increase our bone density.
The excessive calcium in our blood will cause the avalanche to eliminate the excessive calcium to restore the normal balance and end up still more lack of the calcium in the initial condition.
According to the evolution of the primitive creatures, the first sea lives had no spine because the primitive sea water was full of calcium and there was no need for them to store the calcium in their body.
It is very paradoxical that they earned their spine in the river because there is scarce calcium in fresh water and they had to store it in their body.
Full of calcium and no spine, and scarce calcium and spine. Isn’t it so paradoxical?
By the way, look at the standard medical care of these days.
If your blood pressure is higher than the normal, the doctor is very likely to administer the anti-hypertensive drugs at once.
If your blood contains too much fat, the doctor will do in the same way.
The higher numeric value should be decreased in their manual.
And they never doubt decreasing the value to the normal stage is the “cure”.
Is our body so simple?
上の稚拙な英文をお読みいただき、いくらかでも共感いただけましたら幸いです。 私は時々こんなことを考えています。 随分前に書いた文章ですが、忘れてしまわないうちに記録しておきました。
私の言動が時に唐突に、また偏屈に見えようと、全て”逆説に真理あり”の信念から来るもので、その意味では一貫しているのです。^^; 製品開発に対するポリシーも同じです。
EMS/EMS-BINOユーザーさん訪問記(2015年11月21~22日)/ Visiting EMS users
今回の旅行の当初の目的は、数ヶ月前に嫁入りしたFS102-BINO(EM200赤道儀仕様)が兵庫県のマニアの方の共同観測所(峰山観測所)に設置された姿を見せてもらうことでした。代表者のOOSUGIさんが招待してくださったわけですが、私の希望から、そこから車で1時間半ほどの星尋荘天文台(OGAWAさん邸)もコースに含めていただき、姫路からはもっぱらOOSUGI さんの車で案内していただくという、気軽で贅沢な旅を楽しませていただきました。
I have made a two day trip in Hhogo prefecuture to visit four private observatory sites of my clients.
さらに、やはり兵庫県内在住で”のっぽ君1号(15cmF8-BINO)、同2号(15cmF5-BINO)のユーザーのYAMAMOTOさんにも合流いただき、帰路の朝にはYAMAMOTO邸も見学させていただき、大変濃い旅をさせていただいたわけです。
時系列に今回の楽しい旅の内容を記録に留めておきたいと思います。
まずは、11月21日の午前10時半頃、OOSUGIさんとYAMAMOTOさんに姫路駅で拾っていただき、車で1時間ほどの山間部にあるOOSUGIさんたちの峰山観測所に向かいました。FS102-BINOは、通常は赤道義から回転装置ごと外して、密閉保管箱に丁寧に保管してくださっていて、当店の片隅で埃を被っていた頃よりもずっと綺麗に管理されていて感激しました。
The group’s ovservatory headed by Mr. Osugi. The main scope is the FS102-BINO on EM-200(Takahashi) equatorial mount which was taken over from me several months ago.
ここは短時間で切り上げ、次に向かったのは星尋荘天文台(OGAWA邸)です。実は、そこでは、OGAWAさんとの久しぶりの再会の他にも、一つの大きな目的がありました。それは、以前にそこに里子に出していた猫のクーと再会することでした。クーとは6年ぶりの再会でした。普段、自由気ままに広いOGAWA邸の敷地や近隣地域を走り回っているクーでしたが、名前を呼ぶと、ニャーと言いながら擦り寄ってくれました。犬と比べれば淡白な反応ではありましたが、OGAWAさんによると、まだ私を覚えてくれていたようで、感激しました。
Another important purpose of this trip is to see Coo, I parted with six years ago. Yes, Mr. Ogawa is the step-keeper of him. I was very happy to see Coo who seemed to remember me in spite of the long term of no see.
星尋荘と3キロほどしか離れていないところに、EMSユーザーの方(OKAMURAさん)の観測所(龍星庵)があり、訪問させていただけるとのことで、私を含めて4名でOKAMURAさんの観測所を先に見学させていただきました。 それはそれは、立派なスライドルーフの観測所で、2つの大型赤道義が巧妙に設置されており、機材も優秀かつ華麗な物ばかりで圧倒されました。OKAMURAさんはお医者さまで、開業しておられる岡村医院の屋上の一角に観測室を備えておられ、お人柄から、自然に星仲間が出入りされるようになり、環が広がっているそうです。
Dr. Okamura’s sliding roof was full of fabulous telescopes as you see. He is a user of my EMS-UL for the single use.
その後、また星尋荘に戻り、あいにくうす曇りの天候ながら、ドームの主砲の40㎝ニュートン赤道義や、別に併設されたスライドルーフ観測室をじっくりと見学させていただき、20時過ぎまで下の談話室で歓談させていただきました。
Mr. Ogawa keeps a 4-meter dome,40cm Newtonian on equatorial, and a slinding roof respectively.
15cmF8-BINO; from New York to Ono-City, Japan
普段は観測棟には入らないクーですが、帰り際には、真っ暗の中を見送りに出てくれ、横腹をすりすりしてくれました。
OGAWAさんは、何度も当サイトにリポートを投稿してくださっていますが、実は、行き場を失いかけていたクー(猫)を引き取ってくださったのが、このOGAWAさんなのです。
OGAWAさんの過去のご投稿:
ISS観望記
ニューヨークより
翌朝(22日)は、またOOSUGIさんに姫路のホテルで拾っていただき、YAMAMOTOさん邸に寄り、のっぽ君1、2号機と再会しました。出来立ての15cmF5-BINO(version-10)はYAMAMOTOさんの手によって、真鍮ウェイトやハンドル部品が鏡のようにピカピカに研磨され、先日お引渡しした時点よりもさらに洗練されていましたが、初期の15cmF8-BINO(のっぽ君1号)も大変よく管理され、現役をしっかり果たしていて感動しました。
Mr. Yamamoto is the owner of the old 15cm-F8-BINO and the new 15cmF5-BINO.
2006,1/23;22:22, by Mr. Yamamoto (North Sky above his House)
そこでしばらく歓談、写真撮影をさせていただいてから、また3人で鳥取のメガネのマツモト(当店)に向かいました。(車で送っていただいた。^^;)
実は、この旅はそれで終わりではなく、もう一つの大きな目的がありました。それは、私からしますと、CAPRI102ED-BINOの納品であり、OOSUGIさんからしますと、その引取りでした。
当方には正午過ぎに付き、最終的な追加工やご説明、また歓談をしている内に時間は瞬く間に過ぎ、OOSUGI さんと YAMAMOTO さんは16時少し前に CAPRI102-ED-BINO と共に帰路に付かれました。
Mr.Osugi and Mr. Yamamoto kindly drove me home and Mr. Osugi took his finished CAPRI-102ED-BINO home in his car. (I went there by train and I could not bring it with me.)
最後に、この楽しい旅をずっとご案内くださたOOSUGIさんとYAMAMOTOさん、そして快く迎えてくださったOGAWAさんとOKAMURAさんに、改めて心よりお礼申し上げます。