Coo became a Cinderella Boy!! / 玉の輿に乗ったクー

Coo is enjoying blissful days with his new keeper. He won the freedom of playing out at his leisure through his personal entrance door that was made by his kind keeper, and the warm room of the perfect shelter at a time.

クーが玉の輿に乗りました。新しい飼い主は私の友人で、とても信頼の置ける方。車で数時間かけて、今月の 初旬に婿入りしました。無理解なご近所のために家の中に幽閉されたクーでしたが、一度ノラの生活を 経験したクーには耐え難いことでした。 決して元の飼い主の母が薄情だったのではなく、私たちとクーが 今後の人生を幸せに過ごせるかどうかの、ぎりぎりの判断をした結果なのです。

クーは、星が見える広々とした里の個人天文台の主猫になり、晴耕雨読ではなく、晴遊雨寝の極楽を 味わっています。^^ それにしても、運の強い猫です。 人間でも、路頭に迷う運命の人もいるのに、 クーは自らの強運で、いつでも外で自由に遊べる環境と、暖かい自分の個室と、新しい飼い主の深い 愛情の全てを手中にしたのです。

クーの近況

クー帰る (Coo came home!)

クーが家出 (Coo ran away!)

クーちゃん、ごめんよ。(Forgive me, “Coo”.)

Coo became a Cinderella Boy!! (玉の輿に乗ったクー)

Coo is enjoying blissful days with his new keeper. He won the freedom of playing out at his leisure through his personal entrance door that was made by his kind keeper, and the warm room of the perfect shelter at a time.

クーが玉の輿に乗りました。新しい飼い主は私の友人で、とても信頼の置ける方。車で数時間かけて、今月の 初旬に婿入りしました。無理解なご近所のために家の中に幽閉されたクーでしたが、一度ノラの生活を 経験したクーには耐え難いことでした。 決して元の飼い主の母が薄情だったのではなく、私たちとクーが 今後の人生を幸せに過ごせるかどうかの、ぎりぎりの判断をした結果なのです。

クーは、星が見える広々とした里の個人天文台の主猫になり、晴耕雨読ではなく、晴遊雨寝の極楽を 味わっています。^^ それにしても、運の強い猫です。 人間でも、路頭に迷う運命の人もいるのに、 クーは自らの強運で、いつでも外で自由に遊べる環境と、暖かい自分の個室と、新しい飼い主の深い 愛情の全てを手中にしたのです。

クーの近況(2008,12/13)
クー帰る(2008,2/4) (Coo camehome!)
クーが家出(2008,2/3) (Coo ran away!)
クーちゃん、ごめんよ。(2008,1/10)(Forgive me, “Coo”.)

クーの近況

こんにちは。 クーです。松本家に飛び込んで早、一年と2か月、大方は満足で、まあ狙いは ほぼ当たりだったかな。 でも外に出られないのはちょっと息が詰まる。

一度、一週間ほど朝だけ外出させてもらっておったら、前のお宅の爺さんから文句(前庭に糞をするとか、オレは 身に覚えがないが)が出てまた元通りの監禁生活になっちまった。 朝、店の主人が屋上で30分ほど遊ばせてくれるのと、 夜中に婆ちゃんちでドタバタ暴れて何とか鬱憤晴らしをしとる。

それはそうと、何とも寛容性の低い地域社会になったもんだ。 この間の新聞に写真家の岩合光昭さんが、「猫が幸せで ない町は人間も幸せではない・・・」ちゅうような良いこと書いとったが、あのジジイに読ませてやりてえ。(=゚з゚=)ムー

・・・とクーは申しております。もっとも、野良猫に餌を無制限に与えて、地区で異常繁殖→糞害憤慨という のは論外ですが、去勢したオス猫が朝の1時間ほどだけ家の近所を自由に散歩することすら許されないというのも、心外ですな。

Decisive Parting / 別れの決断

My parents and my family ate out tonight. The occasion was a farewell dinner for my daughter who will join the medical faculty at the University tomorrow.

It also means I will not have my daughter around to succeed me since she will probably become a Medical Doctor.

“Parting with good grace even in sorrow” has been my policy. Although I have made another decision to part with my Double Barrel Binoscope in my observatory dome on top of my shop, parting with my pride and joy instrument is sorrowful.

The home made dome was constructed 24 years ago and is in need of repairs of which I have no extra time to pursue. Moreover, I have no time to even open the dome because I have numerous back orders to fill for my amateur astronomer customers. So I have made a decision to hand it over to an amateur who I believe will take good care of it and will also appreciate it.

We are never free form parting. So, l will part with my beloved partner with good grace while she is still attractive.

今晩は医学科に進学して行く娘の家庭内送別会のため、 爺さん、婆さんを交えて一家5人で外食をした。 娘が幼時より決めていたコースであったが、これで自分の仕事が子供によって後継されないことが明確となった。

”別れは潔く”がモットーなのだが、もう一つの別れも近付いた。EMSやBINOの製作が本格化してから、屋上のドームが 『開かずの間』になって久しいが、築24年のドームは、さすがにスリット開閉部の老朽化が著しく、主砲のシェルターの役目を全うできない ことが明白になった。中のBINOシステムは全く問題ないのに、ドームがダメになったら、ほぼ一瞬でBINOシステムもダメになる。 それより怖いのは、強風で飛散したドームが通行人に被害を与えること。 かと言って本格的なドーム補修にかける時間も集中力も残っていない。
ということで、この際、中のBINOシステムを希望者に譲り、スリット部は 建築業者に依頼して新たな板金加工で密封し、ドームは物置にすることにした。

別れはいつかは来るのだから、まだBINOの新鮮さが完全に失われない内に、潔く別れよう。

(行き先は決まっています。)

Coo came home! / クー帰る

昼過ぎに2階の家内から内線コール。「アーケードの方からクーの鳴き声が聞こえる!」とのことで、アーケードの屋根に 出て見たが、クーの姿はなし。また階下に降りて外を見回してもどこにもいない。気のせいじゃないか、と私が言ったが、 確実に聞こえたと家内は言う。

アーケードの屋根を叩いてみたら、今度ははっきりと”ニャーニャー”とクーの悲壮な声^^;。何と、二層になっているアーケードの 屋根の段差の通気用の鉄板のフィンの、人間の拳が入らないくらいの隙間から入って、屋根板と天井板の空間にクーは居た。

中に入ったのだから、どこか隙間が広くなっている場所があるはず、と思い、6店舗くらいの間口分を覗いてみたが、どこも 広くない、その間、私の移動をクーが必死で追って鳴きながら助けを求める。この間、結構な雨。大型のスパナを取りに降りたが、 それでも隙間がこじ開けられない。クーが見付かった旨を裏の母に内線し、適当な角材を持って来させる。

片手で角材をフィンの隙間に入れて開きながらクーを引っ張ろうとするが、隙間は十分に開かず、クーも怖がってうまく行かない。 家内に角材を持たせ、 何とかクーを引っ張り出した頃には私はどっぷりと雨に濡れてしまっていた。

一昼夜アーケードの中にいて薄汚くなったクーは今、一日ぶりの食事をしっかり食べ、平和にスヤスヤ眠っている。^^

Coo ran away! / クーが家出

人間で言えば高校生くらいの、推定満一歳のオス猫クーは、日増しに活発になり、外に出たくてしようが なかった。ただ、町中で放すと交通事故が待っている。だから戸締りをする夜以外は、大抵リードに繋がれていたクー。 でも十分に長いリードだったので、そんなに拘束したつもりはなかった。

それでも可愛そうに思い、二階の窓から商店街のアーケードの屋根に出して遊ばせたのがいけなかった。3mの高さは猫にとって、というか 外の世界を希求するクーにとってはさほどの高さではなかったらしい。 昼過ぎにアーケードに出してほんの数分、眼を離した時には クーの姿は見えず、いつ飛び降りたのやら。21時現在、帰って来ない。

いくら猫でもアーケードは飛び降りるにそう低くない。クーよ、お前は満腹と自由を天秤にかけて決めたのだな。しばらく頭を冷やして、 自分の生き方を決めればよい。帰らなくても探さないし、帰ってくれば好物が待っているよ。

Forgive me, “Coo”. / クーちゃん、ごめんよ。

 

昨年の10月に当家に迷い込んだオスの子(中)猫は、娘が『空也』(クーヤ)と名付けた(迷い込んだ子猫に父(祖父)が 思わず「クーや」と呼びかけたのを娘が聞いたのが由来)ので、一昨年に他界した犬のクーと同じ、”クーちゃん”となった。

賢く?綺麗な猫ながら、人間で言うと高校生くらいのやんちゃ盛り、母の体力の限界を超えるほどの暴君ぶりに母も辟易。

昨今の家猫(オス)では半ば一般化した”去勢”なるものを考えざるを得なくなり、11月30日に手術。

「”去勢”は人間の身勝手。それは少女監禁の変質者と同じ行い。」とまで思って悩んだけれど、現実に町なかでオス 猫と共生するには、どうも避けがたいことのよう。

クーちゃん、ごめんね。 見方によれば、法と規範に縛られた僕たち人間も似たようなものだから我慢して。 宦官になっちゃったけど、子供の時に敵に捕らわれて宦官にされながらも、新たな国で重臣となって尊敬を集めた王子もいたように聞いているし・・・。

この前の大雪の日、電気カーペットの上でとろけて寝ていたクーちゃんを見て、ノラになってあの恐ろしい寒さ、ひもじさに 耐えるよりはマシだよな、と勝手に思った。

でも、ばあちゃんの料理は旨いだろう。 松葉ガニには特に目がないクー。 グルメ三昧で、2.5kgだった体重が今や5kg。 デブネコ にならないでね。

Stray cat / 迷い猫

今日は家族が一人増えた日なので、記録しておかないといけない。

午後3時半頃、昨日からこちらに滞在していた姪とその叔母(私の義兄の妹)を鳥取駅に送る時、(両親の)自宅玄関を開けた 駐車場に、まだ子猫と言うべき若い(満1歳未満か?)猫が迷い込んでいて、妙に人懐っこく甘えて来た。 家内を残して駅で来客を見送って帰宅 したら、なんと家内が店の中でその猫に鰹節(削り節)をやっていた。首輪も付けておらず、痩せこけてはいないものの随分と 食べていないようで、なんとも凄い食欲。

「駐車場から店まで付いて来たけど、店のシャッターを開ける音に驚いて逃げるだろうと思っていた。  ところが、シャッターが少し開くと、猫はスルっと店内に入ってしまった。」との家内の証言。  そうこうしている内に高3の娘も帰宅。 普段なら、心を鬼にして追い払うところながら、今回は不思議な縁で、家族全員満場一致でそ の子を受け入れることになった。 先月には両親を連れて因幡霊場で催された犬猫の合同慰霊祭(クーの一周忌)に参加して来たところでもあり、両親の心の 空洞を埋めるために機は熟したと言ったところのようだ。

諸条件から、両親の家で飼い、私たちもアシストすることにした。慌てて家内と一緒にホームショップに行ってトイレを 含む猫グッズを購入。 トイレのしつけの心配をしていたら、トイレに紙製の猫砂を入れるやいなや、彼(オス猫)は 待っていたように率先してご使用になった。まさに完璧な『猫』。 いずれ画像でご紹介します。(10/12 画像追加)

「このメガネ、皺(しわ)が見えます!」

中年期を過ぎて、それまで潜伏していた遠視が顕在化し始めた方は本当に扱いにくい。もともと視力には人一倍自信を持って 来た方ばかりなので、こちらに来店されるまでに相当痩せ我慢を続けられ、耐え切れなくなって、大嫌いなメガネ屋に来られたは ずなのに、皆さん、極めて往生際が悪い^^;。

正視の人が老眼になったのであれば、「近業時のみ、仕方なく嫌いなメガネを掛ける。」という選択も アリなのだが、遠視は残念ながら、そうは行かない。遠方視の際にも、近業用メガネ(老眼鏡)よりも少しプラス度数の弱いメガネ を装用しないといけない。 もちろん、それを装用しないと警察に捕まるわけでもなく、当人が納得しないなら放っておくしかない。
ただ、はっきりと言えるのは、掛けないとたちまち世界がボケて見えてしまう近視は、メガネを掛けなくても眼の調節機能には 全く負担をかけないが、掛けなくても遠方は結構見えてしまう遠視は、放置しておくと、生理的な負担が大きく、眼や体を蝕むと いうことだ。このパラドックスがなかなか理解してもらえない。

第一、主婦であれば、ある程度の遠視を放置したまま台所に立つことは、家族にとって不衛生極まりないということを自覚すべきなのだ。 また、いつまでも美しくありたいと思うのなら、まずは自らをはっきりと見つめないといけない。

頑固な遠視の初老のご婦人をやっとの思いで説得して、メガネを仕上げても、まだ全てのハードルを越えたわけではない。
仕上がった遠視のメガネを受け取りに見えた時がまた問題なのだ。メガネを掛けて店内の鏡を見たご婦人が悲鳴と共に、こう叫ばれる ことがあるからだ。

「キャーッ!! このメガネだめです。シワが見えます~!!!」

私はそれに対していつも手厳しく答える。

「気にしないでください。人には始めから見えています。ご自分が見えるだけです。」

だから、当店の本業はいつまでも発展しないのか??
(でも後でフォローもしますよ。「お友達のシワも見えるから、自信を持てますよ。」)

Crystal of Snow / 雪の結晶

地区の問題に振り回されて過酷な?^^;毎日ながら、今日は高2の娘が英検準1級の二次に好成績で合格。 我が家にとって、久しぶりの明るいニュース。 目標に向けて精進するは楽しいばかりで はなく、むしろ苦しいこと多く、勝利の美酒を味わうも一瞬で、すぐに次のハードルが立ちはだかる。 しかし、そのかけがえのない美酒の味を早い段階で教えたことは、私の子育てへの加点かな?と思えども、 「今回はDadの世話にはなっていない。」と娘の正直な感想。

娘が高校に入ってから家庭教師を首になったのは父の計算外。お父ちゃん自身の学習motivationを削いだ要因 としては、地区の問題を上回る。^^;

ゲレンデのリフトで隣の娘の手袋に、
On the glove of my daughter in the Ski lift by my side,
希有に大きな雪の結晶。
Unusually large Crystal of Snow

その美しさとはかなさに、避けられない別れの宿命に、
The beauty and fragility threatened  me with the fate of farewell
おののきながらもまどろんで、
And dozing in the silence

超速 preview (プレビュー)した自分自身の臨終の、
To dream to see myself in the deathbed,
走馬燈の一コマに、
Watching a revolving lantern of my whole life,
再び現る雪の結晶。
To see the Crystal of Snow Again.

あれから7年、意外に早かった、来るべき別れのリハーサル、先輩方はいずれ戻ってくれると慰めてくれるが・・・^^;。