盾と矛とをひさぐ者あり

「某鏡筒でEMS-Lは合焦しますか?」   これは当方に来るFAQ (Frequently Asked Questions) の筆頭である。

私がEMSの初期型を発売してからすでに16年を経過し、上記の状況に進歩がみられない原因を私なりに 解析してみた。

それは単純明快な事だった。つまり、市販鏡筒が変わっていないということだ。何が変わっていないのか。  バックフォーカスやドローチューブ内径が変わっていないのだ。

16年間という長い年月とインターネットの普及のお陰で、EMSの認知度がようやく上がって来たことに喜びと感謝 を感じるものの、変わらない現状に落胆させられるのも事実だ。

最近では、一部光学メーカーや販売店までがEMSを取り扱ってくださっており、当方には順風が吹き始めているかに 見えるが、上記現状に変化の兆しは全く見えない。それはどうしてだろうか。   それは、EMSが特殊な製品として認知されているからではないだろうか。つまり、従来の天頂プリズム等の一連の 周辺パーツの中の一つの特殊な製品としての扱いだということだ。

語源とは少し意味が異なるが、無敵の盾と無敵の矛とを同時に売る 矛盾がそこにはあるのだ。 私に言わせれば、それは固定観念の呪縛がなせるものであって、何らの根拠もないものな のだが。   私の価値観では、裏像の天頂プリズムはその本来意図された使用目的については不燃ゴミでしかない。 ジャンク ボックスの中にキャップもしないで突っ込んでいる。その出番は、実験やEMSとの比較説明の時だけだからだ。

ただ、実際には、合焦の問題は些細なことなのだ。大抵は接眼部の不適切に光路を消費するアダプターを交換する か、鏡筒を少し短縮すれば解決するからだ。 しかし、鏡筒を加工することに抵抗を示す消費者の方が意外に多いことに 驚かされる。 これもなぜだろうかと考える。 EMSの合焦のために市販鏡筒を少し改造することは、人間工学的に不完全 な鏡筒を加工して、使い道具として完全な物に改良する作業であると私は確信するのだが、それに抵抗を感じる方は、 ”新しい品物を壊す”、という感覚を持っておられるのではないだろうか。

光学メーカーは、十年一日のごとく裏像の天頂プリズムの使用を前提にして鏡筒を設計していて、それにブランド の権威を帯びさせているのだ。大半の消費者はその価値観を自然のうちにすり込まれているが、それに気付いていない。  つまり、未だに倒立像や裏像が権威を帯びていて、光学メーカーも消費者も、その呪縛から逃れていない、 ということだろう。

重い物は軽い物よりも速く落ちる、というアリストテレスの提唱をニュートンが否定するまでに2000年の年月を 要したように、一度確立した権威を否定するのは極めて難しい。

しかし、時代は違う。 より多くの方に早く目を見開い ていただきたいものだ。

 

楚人有鬻楯與矛者。
譽之曰、吾楯之堅、莫能陷也。
又譽其矛曰、吾矛之利、於物無不陷也。
或曰、以子之矛、陷子之楯何如。
其人弗能應也。